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場面八 君と見る夢のかたち(五)
「………山縣さあは、この手の話じゃと何いごてこげに手ば早いが」
頭を一発、頬を一発殴られた慎吾は、軽く頬を擦りつつぼやく。
己れの胸に手を当てて、よーく考えてみろ。
そう言いたくもなるが、下手の考え休むに似たりで、無駄な努力かもしれないが、とも思う。
抵抗を覚えはしたもの、結局、お互いの邸ぐらいしか選択肢がなかった。
普段なら、逢瀬は料亭を使う。だが、さすがに日付も変わろうかというこんな時間に行くわけにもいかず、男二人で茶屋に行ってこもるのも不自然極まりない。まして外や兵部省など論外である。
「こげな時間なら、おいが人を連れて裏口からこそーっと入れば、気を利かせて誰も確かめやせんで」
それが仮にも兵部省幹部で一家の主が取る態度か、とか。
裏口からこっそり入ってくるのが、泥棒だったらどうする。少しは家人を躾けろ、とか。
ついでに、「おめえは一体どれだけ手当たり次第に人を連れこんじょるんじゃ、この好色一代男が!」とか。
言いたいことはあり過ぎるほどあるのだが―――ここよりはマシだ。
結論が出ると、慎吾は「ちっと厠ば借りっで」と言って立ち上がった。
「こんまま外ば出たら、辛抱出来んで、そいこそどっか草むらば連れ込むかもしれん」
苦笑混じりにそんなことを言われて、有朋は赤面する。
「………すまん」
「うんにゃ」
ふいと踵を返そうとした慎吾を、有朋は呼び止めた。
「西郷君」
「ん」
「わしがしようか」
たっぷり五秒は沈黙があって、慎吾は目をぱちくりさせた。
「………は?」
「それぐらいなら………どうにかわしの私室ででも」
手なり口なりで手早くやれば、家人にも気づかれないだろう。
自分もつい流されそうになった手前、一人で始末させるのも申し訳ない。
慎吾に近づこうと腰を上げかけると、何を思ったのか、恋人は後ろに飛びすさった。
「よっ………よよよっ、よかっ!」
あまりの反応に、今度は有朋が瞬きをして相手を見つめる。
「西郷君?」
慎吾は口をパクパクさせる。
「わ、わい、何考えちうがっ」
普段のやや敬意のこもった「おはん」でなく、「お前」を意味する「わい」とを使ったところに、慎吾の動揺が如実に表れていた。
「何て―――じゃけえに、一人で始末さすんも」
「いやいやいやいやっ、そっ………そん気持ちだけでよかっ!」
ほうほうの体で、と形容してもいい有様で部屋を逃げ出す恋人を、有朋は訳が分からずただ見送った。
*
………はあ。
厠を出て手を洗い、ついでとばかりにばしゃばしゃと、それこそ冷たい水をかぶるぐらいの勢いで慎吾は顔を洗った。更に頬をパンパンと叩いて、ため息をつく。
ただでさえ欲情している男を相手に、何ということを言ってくれるのか。
その破壊力たるや、最新のアームストロング砲並みだ。
それこそ理性も自制心も木っ端微塵に吹きとんで、その場で襲いかかりそうになったではないか。
男同士だけに判りあえる部分ではあるのだが、理解されすぎるのも時々困る。
抱かれようがどうしようが、やはり有朋はどこまでも男だ。同性との情事は慣れていないが、それでも受身でただ愛撫され、抱かれているだけでは満足しない。身に受ける快楽を貪欲に受けとめる一方で、お返しとばかりに、時々、驚くほどの大胆さで挑んでくる。
ボタボタと顔から水を滴らせつつ、次第に口元が綻んでくる。
有朋が、何故あれほどまでに自分を買ってくれるのか、それは正直よく判らない。だが色々な意味で―――結局一生、あの男には敵わないような気がする。
*
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