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場面八 君と見る夢のかたち(七)
「山縣さあ」
慎吾が、少しためらいがちに言った。
「ん」
「山縣さあん夢ちどんなんじゃ」
「この国を、列強に伍する一流国にすること」
有朋は前を見つめたまま答えた。
「死んでいったもんと、生きちょるもんのために。それは、御一新を生きのびたもんの義務じゃ」
御一新前の動乱の時代、信念と信念がぶつかりあい、多くの血が流れた。有朋の夢は、生き急ぐかのように命を散らしていった、大切な友人や同志たちの夢でもある。見果てぬ夢でも構いはしない。それはきっと、その先を生きる者の心に宿り、受け継がれてゆくだろう。
慎吾は有朋の横顔を見詰め、黙って話を聞いていたが、「ん」と生返事をし、再び前に視線を向けた。
「………一蔵さあは、よか日本国ば作っこつが兄さあん夢で、一蔵さあの夢でもあるち言うたがじゃ」
年少の部下はぽつりと言った。有朋は頷く。
「西郷先生も大久保どのも―――政府におるもんは皆、きっとそう願うちょる。一人で見る夢など、たかが知れたもんじゃ」
沈黙が降りた。慎吾は腕を組み、足元に目を落としながら、しばらく黙って歩いた。
「そいで、想う相手と同じ夢ば見たがなら、そん相手を犠牲にしてでも、相手ん夢ば実現するんがほんまの男子じゃち」
慎吾はその言葉を反芻するように、また少し黙った。
御一新の影の立役者で、今は政府の大黒柱といってもいい大久保一蔵。冷徹さでは右に出るものはいないとも囁かれるあの男の内にも、柔らかな思慕や火のような情熱があるのだろうか。
「じゃっど、おいは多分、山縣さあん夢ば一緒に見れっほど、兵部省んこつもこん国んこつもよう判っとらん」
自然児の素直な告白に、有朋は苦笑交じりに頷く。
「おめえはそれでええ」
「山縣さあ」
慎吾は前を見つめたまま言った。
「おいが夢は、今は山縣さあじゃ」
有朋は思わず足を止めた。
慎吾も立ち止まり、真面目な顔で有朋を見る。それから、ぺこりと頭を下げた。
「お見捨てのう、お頼みしもす」
………嫁入りか。
邪気なくにっこり笑われて、ついそんなことを思ったが、有朋も「よろしく頼む」と応じた。どう聞いても祝言のやり取りのようだ、と内心苦笑しながら。
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