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場面九 揺れる灯火の下で(三)
「………西郷君?」
どうやら、やや落ち着いたものらしい。声は掠れているが、呼び名が普段のそれに戻った。
「あい」
「出さんかったんか?」
「出したんは山縣さあじゃろ」
「ばっ………!」
有朋は真っ赤になる。
「馬鹿、そうじゃねえ」
慎吾は問いに答えず、ただちょっと笑う。蜜に濡れてぬるぬると光る指を、奥まった場所にそっと当てた。ビクッと、有朋の身体が震える。
「さ………!」
「力ば抜いとって」
ぐっと沈めると、有朋は声を上げてのけぞった。
「………う………!」
「横んないやせ。そん方が楽じゃ」
「ま………待てっ! このままするんかっ」
慎吾は今まで背後から挿入してきたので、有朋は当然そのつもりでいたのだろう。狼狽して身体をよじろうとする。慎吾は腿をぐっと掴んだ。
「顔ば見たか」
「………っ」
有朋は目を見開く。慎吾は構わず身体を進め、指を増やした。熱い内部を丁寧に解しながら、時に指を曲げて抉る。敏感な場所を指が擦るたびに、恋人は息を震わせ、短い声を上げる。中途半端な体勢はきついだろうと、重ねて横になるように促すと、恋人はやっと覚悟したように仰向けに横たわる。
有朋の後孔は狭い。
関係が始まって半年、互いに多忙な身で、それほど回数を重ねてきたわけではない。本来男を受け入れる器官ではないそこは、情事の始めにはいつも堅く閉じて異物を拒む。随分と力を抜くことを覚えてはきたが、それでも馴染むまではきついらしく、有朋はいつも苦しげに眉を寄せ、褥を握り締める。だが、痛いともやめろとも口にしたことはない。
いつも耐えさせているのかと思うと申し訳なくて、何度目の情交だったか、望むなら有朋の方が慎吾に入れても構わないと提案してみたこともある。だが、恋人は苦笑を浮かべ、「今のままでええ」と言った。
「今のままでいい」のか、「今のままがいい」のか―――恋人は口にしないので判らなかった。それでもせめて少しでも大切なこの男の苦痛を和らげ、快楽を与えたくて、慎吾はいつも相手の欲望を刺激しつつ、丁寧に後孔を解し、それから、慎重にゆっくりと熱い内部に分け入る。
慎吾は指を抜いた。
脚を持ち上げ、透明な雫に濡れた自身を入口に押し付けると、有朋は一瞬、ぎゅっと目を閉じた。
「山縣さあ」
呼びかけると、潤んだ眸が慎吾を見る。初めてとる体勢が不安なのだろう。眼差しは微かに揺れていたが、それを振り払うように、「女子(おなご)のようじゃ」と小さく軽口を叩き、固い笑みを頬に浮かべた。
「おごじょにしては立派な賜物ばついとっ」 (おごじょ:女)
戯言を返すと、ふっと恋人の頬が緩む。慎吾はぐっと内部へ身体を進めた。この一瞬だけは、どんなに丁寧に解そうと、ただでさえ狭い後孔が、反射的に異物の侵入を拒んでぎゅっと締まるので、慎吾はやや強引に自らを押し込むしかない。まるで楔を打ち込むようだ、と思うときがある。
「う………んっ………!」
恋人は褥を握り締めて苦痛の呻き声を上げる。慎吾は性急に先へと進みたい衝動を抑え、強張った大腿に口付け、恋人の呼吸が落ち着くのを待った。そして、内壁をじわじわと押し広げるようにして慎重に内部へ分け入ると、有朋は教えられた通りにゆっくりと息を吐きながら、男の欲望を身の内に受け入れる。
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