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場面九 揺れる灯火の下で(五)
鼓動が早鐘のようだ。頭痛を覚えるほどにこめかみで血が脈打ち、慎吾は何度も息を吐き出す。
「山縣さあ」
慎吾は身体を屈め、仰のいた恋人の頬に手を触れた。
「好きじゃ」
恋人は霞む目で慎吾を見る。慎吾は糸を引く唇をちょっと舐めて、優しく口付けた。背に手が回されたのが判って、慎吾は快感の余韻と幸福感に酔う。
そのまま、恋人の傍らに身体を横たえた。有朋は頭を慎吾の腕に預け、しばらく呼吸を整える様子で黙っていたが、小さな声で言った。
「………西郷君」
「ん」
どことなくおずおずした呼びかけに、慎吾は少し顔を横に向けて恋人を見た。するとこちらを見るなとばかりに目を逸らすのが、年齢に似合わずひどく可愛らしい。
が、発せられた言葉に慎吾は固まった。
「前から………その、一度、訊こうと思うちょったんじゃが。………何で中に出さん」
「は!?」
思わず慎吾はがばっと身体を起こしてしまった。年上の恋人は慎吾を見たものの、真っ赤になって視線を泳がせる。
「別に………子供は出来ん、が………」
「………!」
慎吾は思わず目をパチパチさせて恋人を見詰める。有朋は焦ったように言った。
「いや、おめえがええなら別に」
「出したがええが?」
「い………いや、そんな事は」
珍しいほどに狼狽して、有朋はついにいたたまれなくなった様子で顔を伏せた。
「………何でかと、気になっただけじゃ。ただ………その、わしが慣れちょらんけ、おめえはやたらわしに気を遣うけえに。中で、出した方がもしおめえがええなら、別に………孕むわけじゃねえけ………」
「………山縣さあ」
可笑しいやら可愛いやら愛しいやら。たまらなくなった慎吾は、つい再び相手の身体にのしかかり、唇を塞いだ。
「んっ」
有朋は突然のことに少し驚いたようだったが、やがて慎吾の頭に手を回し、濃密な口付けに積極的に応えた。口腔を貪るだけでは足りずに唇を舐め、鼻先をついばみ、目元に口づける。
「山縣さあ」
唇を離し、慎吾はじっと、恋人の朱に染まった顔を見つめる。
この人が愛しい。心から、そう思う。
「子どんが出来っがなら、そや、可愛かろうがのう。出来たら出来ただけ、なんぼでん大事に育てっが」
ばかっ、と小さく罵る声がした。
慎吾は子供が大好きだ。無垢な赤子だろうが小生意気な稚児だろうが、澄ました女の子も腕白な悪ガキも、とにかく、この世であんな可愛いものはない、といつも思っている。
こればかりは自然の摂理というもので、有朋に自分の子供を産ませるわけにはいかない。自分が産んでやることもできない。いっそ、有朋のところに子供が出来たら養子にもらうか。
かなり途方もないことを考えつつ、慎吾はぎゅっと有朋を抱く。
「子どんがどうのやのうて、中で出すんは、山縣さあん身体によくないがじゃ」
無論慎吾とて、相手が男であろうと女であろうと、恋人の中で果てた方が気持ちいいに決まっている。
だが、所詮男の身体は、男の精を受け入れるようには出来ていない。出してから処理してもいいが、身体にかかる負担は少ない方がいい。それもれっきとした事実だ。
「………」
「ん?」
聞こえなくて問い返すと、掠れた声で繰り返した。
「その………物足らん、事はないんか………?」
消え入りそうな声で言いながら、真っ赤になった年上の恋人が、可愛くて愛しくてたまらない。
可愛くて愛しくて―――我慢、できない。
一度萎えた欲望が再び頭をもたげたのに気づいたのだろう。今度は別の意味で狼狽した声がした。
「ち………ちいと待て」
制止を聞かずに再び唇を塞ぎ、敏感な耳元を舐めると恋人は小さく声を上げて呼吸を震わせる。そうしながら首筋から胸元にくすぐるように指先を這わせると、耐えかねたようにかぶりを振る。
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