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場面九 揺れる灯火の下で(六)
「………よしゅごあんそ?」
甘える口調で二回目をねだってみる。そうすれば、拒まれる事は滅多にないと知っている。思った通り、年上の恋人は耳までどころか首筋まで赤く染めて視線を逸らす。
「好きじゃ」
「………」
「嘘やなかで?」
そう言って頬に手を当てると、有朋は少々不機嫌に言った。
「じゃが、おめえはちいとも判っちょらん」
慎吾は有朋の目を見つめる。
「こん前から、何を怒っちうがじゃ。おいは山縣さあんごつ察しばようないで、ちゃんと言うてくれんと判らんで」
有朋はちょっと逡巡するように黙っていたが、我慢できなくなったように言った。
「………わしとて、何も好き好んで会うのを控えようと思うたわけじゃねえっ」
………え。
一体何の話かと、慎吾は唖然として恋人の顔を見つめる。
「わしにあまり構うと、おめえの立場が悪うなると思うて、それで」
「………」
詰るように言い募る。
「それを、わしはええじゃろうけど、とは、どねえな了見で言うちょるんじゃ。大山さんや他の人間に言われるんならまだともかく」
山縣さあ………。
「他ならぬおめえが、その程度に考えちょったんじゃと思うと、わしはもう、腹が立つやら情けないやら」
最後にはほとんど拗ねて駄々をこねるように言い募る、年上の恋人。そんなに腹に据えかねていたのかと納得する一方で、らしからぬその姿に、慎吾は多少呆然となったりもする。
山縣さあ。
ちっと、のう。
あの、その。あー、えーと。
嬉しいとか、感激するとか、愛しいとか。
そういうものも、当然慎吾の中には浮かびはしたのだけれど。
それ以上に、慎吾の頭の中を占めていたのは。
先刻から………この男は意識して自分を煽って誘っているのか、という、深甚な疑問であった。
「山縣さあ」
何はともあれ。
意識的にしろ、無意識にしろ。
慎吾は、恋人の身体に身を沈めた。
男としては、やはり「お誘い」にはお応えせねばなるまい。
「おめえは………尋ねるだけで結局いつもごまかす」
悪態をつきつつも、恋人は慎吾の背に手を回し、ぎゅっと抱きしめた。
ほのかに室内を照らす、ともしびの下で。
恋人たちの夜は、まだ始まったばかりである。
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