さようならのロードショー

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 麦茶のグラスも僕たちも、じっとしているだけで汗だくだ。  雑に並んだグラスたちはテーブルに三つの輪を作っている。狭い部屋には二体、ほかほかの十代が転がっていた。 「窓開けたら涼しいっていったやつ本当くそだな」 「いつもこうしてんだよ、開けないよりはマシだろ」  冷房がきくまで時間がかかる。そう主張した部屋の主は「くそ」と言われたことに反撃する。 「夏のせいじゃない、お前がむさ苦しいんだ」 「はあ? てめえがモグラすぎんだよ。夏なんだからもっと焼けろくそ」 「俺はくそじゃねえ」  げしっ、とテーブルの下から脚だけ伸ばして蹴りを入れ、もう一回「くそはお前だ」と弱々しく細い脚をとばす。 「やんのかモグラ」  こちらも、とんできた足を軽く蹴り返す。 「お前こそ無駄に黒光りしやがって。お前なんかジーだ、ジー!」 「なん? ジーは速えんだよ」  今度はすぱん、と逞しい足がとぶ。 「いってえ、ふざけんなくそジー」 「しつけえな」 「うっせえ」  二人は転がったまま蹴り合い、テーブルの脚も混ざって麦茶たちがカラカラ揺れる。 「大体お前は情緒がない」  ひとしきり蹴り合ったあと、モグラが言った。 「情緒? ああ、いとをかし、いとをかし。んあー、おかし食いてえ」 「お前、本当に文系か」 「健全な高校生なんで」  はいはい、とモグラは返事をする。 「あー腹減ってきたあ」  なんとなく冷風が出始めた。頭の上からカララン、と氷が溶ける音がする。「窓閉めなきゃ」とモグラは呟いたが、起き上がる気力もなく、二人は肌を撫でる涼しさに自然と目を閉じた。 ――バンッ 「買ってきたぞ」 「うおビビったああ!」  うとうとしかけた、ジーが身を起こす。 「悪い」 「ノック! あと静かに開けろ、ドアが壊れる」  両手で顔を覆いながら、モグラは言った。こちらもまた、うとうとしかけていた。のっそり起きて、窓を閉める。 「……悪い」  部屋がまた、狭くなる。エコバックをぶら下げた汗だくの、モグラでもジーでもない、大柄の男が増えた。
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