思いがけず、ずっと

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「たっくん、本当に泣かないよね」 もうすっかり腹がぺしゃんこになったちっこい嫁は顔面を使い切ったぐちゃぐちゃな顔で言った。 俺達は所謂世間でいうところの泣ける映画を夫婦二人で見ていたわけだが、いつも通り俺は眉一つ動かさず、嫁は号泣していた。 「泣くとこなんかあった?」 「あったよ、寧ろ泣くとこしかなかったよ。最後会えなかったらどうしようってそれだけで泣いちゃったよ」 「タイトルがもしも君に会えたら何を話そうなんだから最後には会えるに決まってんだろ」 「だって、最後まで会えなかったんだよ。会えたのたった三秒くらいじゃない?優馬君は水希ちゃんのためにあんなに頑張ってきたのに、水希ちゃんはそれもまだ知らないわけじゃん。何と言う愛と献身」 「自分が好きでやったことだろ」 「それでもだよ、あー、もう、ホントに、たっくんは、泣かないなぁ」 「男なんだから泣かないだろ」 「男だって泣くよー。私たっくんと知り合って五年かなぁ。そういえば一度もたっくん泣いてるとこ見たことない」 「泣くようなことねぇもん」 「凛ちゃんが生まれた時泣くかなぁって思ってたけど、たっくん平然としてたし」 「嫌、それは感動してたって。すっげー嬉しかったし。でも泣いたりはしないっていう」 「一人でこっそりお風呂でしくしく泣いたの?」 「嫌、泣かないだろ」 「男の人ってそういうもん?」 「そういうもんなんじゃね」 「お父さん泣いてたね」 「あれは昔からよく泣くんだよ。祖母ちゃんも」 生まれた初孫の顔を見に来た俺の親父と祖母は顔をしわくちゃにして泣いた。 親子そっくりな俺にまるで似ていない顔で。 何故似ていないか、答えは簡単だ。 俺達は本当の親子じゃないからだ。 俺が父親と祖母と血が繋がっていないと知ったのは小学校四年生の夏休みだった。 実の母親によってそれはもたらされた。 その人は正真正銘俺の産みの母であり、俺が父親だと信じて疑わなかった男の元嫁さんだった。 俺の両親は俺が二歳の時に離婚した。 父曰く、お父さんに愛想をつかして出て行ったらしい。 父はことあるごとに、巧君のお母さんは本当に綺麗な人でお父さんには勿体ない人だった。 本来ならお父さんなんか相手にされるわけがなかった、だからしょうがないんだよと言い、美しい母の写真を俺に見せた。 父はリビングに母が俺を抱っこしている写真や独身時代に撮ったであろう観光地みたいなところで父が撮ったであろう写真を何枚か写真立に入れ飾っていたが、その中に一枚も父が写っているものはなかった。 その日母はいきなり訪ねて来た。 父は巧君と積もる話もあるだろうからといい、母にアイスコーヒー、俺にオレンジジュースを入れて祖母を連れ暑い中出て行った。 母は写真と少しも変わらず美しかった。 黒髪ロングのワンレングスヘアもそのままで、俺に時間というものが経過させたことを感じさせず、不思議なほど懐かしさが湧かなかった。 一昨日出て行ったような錯覚さえ覚えた。 俺は何も言わずジュースを飲んだ。 母もアイスコーヒーを飲んだ。 長い間沈黙していたが母は遂に俺に言った。 巧、今までごめんね、と。 俺は何も言わなかった。 ただ目の前の母親と言われる女性をじっと見ていた。 確かに本当に綺麗な人だった。 「巧、お母さんね再婚して今大阪にいるの。それでね、巧、お母さんね貴方を引き取りたいと思っているの。お母さんと一緒に暮らそう。新しいお父さんはね、お医者さんなのよ」 俺は黙っていた。 オレンジジュースをただ飲んでいた。 「開業医なの。大きなお家でね。そりゃこの家だって大きいけど田舎でしょ。大阪は大都会よ。こんな平屋で、周り畑ばっかりじゃないの。二階建てでね、周りもおしゃれなお家がいっぱいあるの。それにね、妹もいるのよ。すっごく可愛いの。巧にも似てるわ。お母さんね、早く貴方のこと迎えに来たかったんだけど、中々生活が安定しなくて、でもずっと巧のこと一日だって忘れたことなんかなかったのよ。本当よ。それは信じて」 俺は何も言わずこくこくと頷いた。 母は俺に一枚の写真を見せた。 母と眼鏡をかけた面長の男性と幼稚園くらいのツインテールの女の子が赤い苺がいっぱい乗せられた白いホールケーキを囲み幸せそうに写っている。 「新しいお父さんも貴方と一緒に暮らしたいって、寧ろすぐ迎えに行きなさいって、親子が離れて暮らすのは良くないっていうの。本当にそう思うわ。やっぱり母親と暮らした方が言いに決まっているもの。男親だけじゃちょっとね、それにお祖母ちゃんじゃ母親にはなれないもの」 確かに祖母を母親だとは思ったことはなかったが、俺はこの日まで母親がいないのを特に不自由だと思ったことはなかった。 いないのが当たり前だったので、そういうものだと思っていた。 「良かった。巧嫌がるんじゃないかと思って不安だったの。ずっと離れてたし、でもこれからはずっと一緒だからね。今年の夏はもう終わりだけど、冬休みはどこか旅行に行こうね。海外でも何処でも連れてってあげる。スポ少とかしてないんでしょ。これからは習い事も何でもできるよ。塾も入らなきゃだし、欲しいものも何でも買ってあげられるよ。これからは巧なんでも我儘言っていいからね。お母さんなんだから」 俺は所謂欲しいもの、漫画や最新のゲーム機やゲームソフトなどは誕生日やクリスマスなどに父と祖母から買ってもらえてたし、独身の叔母からもお年玉やたまにおこずかいなどを貰っていたので特に欲しいものを買ってもらえていないわけじゃなった。 スポ少もやっている同級生はいっぱいいたが、俺は野球にもサッカーにも元々興味がなかったので、特にやりたいと思っていなかった。 父や祖母に送り迎えや弁当や道具のことで負担をかけたくはないという殊勝な気持ちなどでは決してなかったので、目の前にいる母の言葉は一つも俺に響くことはなかった。 「今日もうこのままお母さんと大阪行こうか?荷物は送って貰えばいいもんね。もう送ってもらわなくてもいいか。何でも向こうで買えるしね。そうしよ。もうここにいる必要ないもんね」 オレンジジュースが尽きたので、俺は漸く口を開いた。 行かない、と。 「何言ってるの?巧。やっぱり怒ってるの?」 「怒ってないよ。でも行かない。ここにいる」 「何で?」 「何でって、行きたくないから」 「何言ってるのよ。我儘言わないで。何でこんな家にいなきゃいけないのよ。引っ越しが怖いの?お友達と離れちゃうから。でもね、巧。小学校の同級生なんて大人になったら絶対会わないわよ。会うのは高校か大学の友達。中学の友達もほとんど会わない。そんなもんよ。これから作る友達の方が一生の友達なの。それに大阪はいい所よ。こんな駅から遠い辺鄙なとこじゃないし、皆都会人だからね、人間関係が凄くあっさりしてるの、田舎はそうはいかないでしょ。何でも筒抜けじゃない。どこそこの娘が離婚したとか、どこそこのお祖母ちゃん老人ホームに入れられちゃったんだとか、見苦しい。本当にそういうの大っ嫌い。巧、あんたもいつか大人になったらわかる。この家は確かに大きいけど、田舎だからいざ売りに出そうと思っても大したお金で売れやしないわよ。それにね、お医者さんよ、お金持ちなのよ。あんなしょうもない市役所で一生を終えるような人とは違うの。あの人なんて神奈川からほとんど出たことないのよ。新婚旅行と修学旅行だけよ。本当につまんない人。背もう縮んできたんじゃないの、前から私より小さかったのにみっともない。年取って益々髪も薄くなって、もう五十かと思ったわ。ねえ、お願いお母さんね、貴方があの人と住んでるだけで我慢できないの」 「何で?」 「何でって、貴方知らないの?あの人から何にも聞いてないの?」 「何が?」 「あの人貴方の本当のお父さんじゃないのよ」 俺は地面が割れるほどの衝撃を感じたりはしなかった。 極めて冷静だった。 寧ろ今までの全てに納得がいった。 父はこれまで俺を、巧君、巧君といい、おかしな話だが王子のように扱っていた。 怒られたことは勿論なかったし、手をあげられたことなどあるわけがなかった。 いつも大切に、大切に扱われた。 俺は背がひょろりと高く、足も長く、小四で百六十センチあった。 巧君のお母さんも背が高かったんだよ、身長がね百七十三センチもあったんだ。 お父さんよりずっとおっきかったんだよ、足も長くてね、姿勢が良くてかっこよかったよ。 父はいつもそう言っては、俺を嬉しそうに見ていた。 まるで大事な骨董品の茶碗でも眺める様に。 「ね、わかるでしょ。お母さんの言うのが。もうお母さんね、お腹を痛めて産んだ可愛い貴方がこれ以上赤の他人と一緒に暮らすのが耐えられないの。わかってくれるわね?巧だって血の繋がっていない他人だとわかれば一緒になんか暮らせないでしょ。それにね、新しいお父さんは名字もかっこいいのよ。渋沢さんっていうの。渋沢巧ってかっこいいでしょ、佐藤とはえらい違い」 「その人だって俺からしたら赤の他人だけど?」 「それはそうだけど、お母さんは違うでしょ?間違いなく貴方を産んだのは私よ。私がすっごい苦しい思いして貴方を産んだの。あの人は貴方に何にもしてくれてないじゃない」 あんたこそ何にもしてくれなかった。 可愛い貴方と言うけれど、あんたは二歳の俺をあんたが言う赤の他人の家に置き去りにして八年間もほっといたんじゃないか。 今更なんだ。 言ってやりたいことは山ほどあるような気がしたが、俺はボロボロと零れ出した涙で上手く喋れず、台所に駆け込み冷蔵庫を開けオレンジジュースをペットボトルごと飲んだ。 母はすぐ追いかけて来た。 「巧、ごめんなさい」 「別にいい。でも大阪には絶対に行かない。この家にいる」 「巧、ごめんね。お母さんの言い方が悪かった。でもね」 もう二度と来んな。 俺はそう叫び、空になったペットボトルをもったまま自分の部屋に逃げ、ドアを閉めた。 母がやって来たことは気配でわかった。 すすり泣く声も聞こえた。 でも俺は決してドアを開けなかった。 父が帰って来て、巧君お母さん帰るって言ってるよ、ドア開けてと言っても俺は開けなかった。 母とはそれっきりになった。 泣くのもそれっきりになった。 「お食い初め楽しみだね」 今年の一月に生まれた娘のお食い初めを明日俺の実家でやることになっていた。 あれから俺は就職を機に結婚するまであの母が言う田舎の平屋で暮らした。 血の繋がってないおっさんと婆さんと一緒に。 おかげで俺は父親の薄毛も婆さんの小太りも気に病むことなく過ごした。 大きくなってもああなることはないと思うと平気だった。 父は確かに面白い人ではなかった。 趣味もなく特技もなく、これといって特別好きなこともなく、時々ケーキ屋でケーキを買ってきたり、ミスタードーナツでドーナツを買ってきたり、ステラおばさんのクッキーを買ってきたくらいしか奇行らしい奇行はなかった。 まあ三人で食べきれる量しか買わないのだから奇行とは呼べないのかもしれない。 休みの日はテレビを見ているか、祖母が図書館で借りて来たミステリーの文庫本をささっと持って行ってはいつも部屋で寝ていた。 それくらしか思い出せることがない。 祖母はクロスステッチを始めようと、刺繍糸と丸い刺繍枠、刺繍布を買ってきたが図面を理解することが出来ず断念した。 だが彼女の刺繍への憧れは凄まじく、たびたび刺繍の本を買って来ては眺め、一本の糸すら縫い付けていない刺繍枠にはめ込んだ真っ白の刺繍布を本棚に飾りニコニコと眺めているような人だった。 二人はテレビを見てしょっちゅう同じところで泣いていた。 そのたびに俺は泣けず、当然だ、俺だけ血が繋がっていないんだからといつも思っていた。 二人は本当によく泣いた。 俺が高校に合格した時も泣いていたし、大学に合格した時も泣いた。 就職が決まった時も、結婚するって言った時も、子供が出来たと言った時も泣いた。 俺はその全てで泣けなかった。 お食い初めは祖母ちゃんが全部用意してくれた。 父は近所のスーパーに焼鯛を取りに行ってくれて、そのデカさに、張り切って一番高いやつ頼んじゃったんだろうなと思った。 リビングにはあの日以来俺の母の写真はなかったが、今は俺達夫婦と娘の三人で撮った写真が可愛らしい兎の付いた写真立に入れられ飾ってあった。 相変わらず自分が写ってるのは飾らない人のようだ。 何枚も撮ったのに。 俺の部屋はそのままにしてあるが俺達は客間という名の家で一番広い部屋に布団を敷いて眠った。 「たっくん、起きてる?」 「起きてる」 「楽しかったね。お食い初め」 「そっか」 「二人とも喜んでくれたみたいで良かった。お祖母ちゃん、ひ孫が見れるなんて思っても見なかったってまた泣いてたねぇ」 「血繋がってないけどな」 「またそれ?」 「だって本当のことだろ。二人からしたら孫でもないし、ひ孫でもないわけじゃん。何で他人の子のことであんなに泣けるんだろ」 「ねえ、たっくん。たっくんは私のこと赤の他人だって思う?」 「は?」 「私とたっくんも血繋がってないよね?赤の他人だって思う?」 「・・・・・・・・思わない」 「私も思わない。私と凛ちゃんは血が繋がってるし、たっくんと凛ちゃんも血が繋がってる。でも私達夫婦は血が繋がってない。血が繋がってたら結婚できないもんね」 「まあ、うん」 「たっくん、たっくんはお父さんとお祖母ちゃんのことどうでもいい?」 「え?」 「腰が痛くて動けなくなったり、暑い部屋で苦しんでたりしても平気?」 「嫌に決まってんだろ」 「ね、皆他人だよ。他の人間だもん。血が繋がってたってそうだよ。私達はその人にはなれないんだから。血が繋がってるとか、見えないものにそんなにこだわることないんじゃないのかなぁ」 「でもさ、もし俺が母親と一緒に大阪行ってたらさ、もしかしたら親父だって再婚してちゃんと血の繋がった自分の子供が出来たんじゃないかって時々、本当に時々だけど、思ったりするんだよ」 「お父さん、凛ちゃん見に来てくれた時、言ってたよ。巧君と血が繋がってなくて良かったって。自分に似てないから安心して育てられたって。背が高くって、足が長くって、目だってぱっちりしてて、いつも冷静で、見てるだけで幸せになれる自慢の息子だったって、凛ちゃんもきっと美人になるから嬉しいって、お母さんには感謝しかないって。お祖母ちゃんもそうだったって。いてくれるだけでずっと嬉しかったって。毎日お弁当作って、ご飯の用意して、ご飯美味しいって言ってくれて、お庭のお野菜取るの何にも言わず手伝ってくれたでしょう、あれ嬉しかったんだって、ずっと」 何だそれ。 馬鹿じゃないのか、そんなつまらないことで。 いつも冷静だったのは単にめんどくさがりだったからだ、祖母ちゃんの飯を美味いと言ったのは本当に美味かったからで、別に喜ばせようと思ってたわけじゃない。 母親へのコンプレックスから背の高い女性が駄目だと思われるのが癪で、身長百六十五センチ以上の女性以外とは付き合わないと決めていたけれど、大学に入りアルバイト先で出逢った現在の嫁は百五十二センチしかなく、一度も美人だと思ったことはないが、最初から可愛いと思った。 背の小ささといい、他人事で簡単に泣くとこといい、俺にたらふく飯を食わせようとするとこといい、俺の育ってきた環境そのままの女性だったが、彼女程傍にいて欲しいと思う人はいなかった。 ずっと喋っていられるなと思ったし、ずっと喋っているのを聞いていたいと思った。 結局影響を受けている。 父からも、祖母からも、母からも。 誰からの影響もなく育てる人間なんているんだろうか。 あの日から俺は泣かなかった。 それは紛れもなく母のおかげだろう。 冷静さを欠き怒り狂うことも一切なかった。 あの日でそういうのは多分終わった。 「このお家いいよね」 「何が?」 「広くって」 「広いのは広いな」 「たっくん、泣くのは凛ちゃんがお嫁に行くときかなぁ」 「どんだけ先の話だよ」 「いいじゃない、それまで泣かなかったら。娘の結婚式でお父さんありがとうスピーチで泣くの、解禁」 「泣かねぇよ。多分」 「多分って言ったぁ。泣くかもしれないんだ?」 「泣かん」 「いいじゃない。もう子供じゃないんだから泣くの解禁したって」 「泣かねぇよ」 「たっくん、お父さんもお祖母ちゃんも好きでしょ?」 「は?」 「嫌い?」 「嫌いじゃない。ずっと元気で、痛いとこもなく長生きしてくれたらって思う」 「それじゃない?」 「どれ?」 「お互いが大好きって気持ちがあったら一緒に暮らせるでしょ?家族って単に一緒のお家で暮らす人なんじゃないの?」 「他人でいいわけだ」 「いいに決まってるじゃない」 あの日、小四の夏休みから俺は一度も泣いていないわけだ。 何であの日あんなに泣けたんだろうと考えてみたけれど、結局のところわからない。 一番近い答えは母が父を悪く言ったからだと思う。 母は父をつまらない人だと言ったが、俺は父にそんなもの求めていなかった。 そもそも父に何かを望んだことなんてない。 いるのが当たり前だった。 朝飯を食い、夜風呂に入って眠るくらい普通のことだった。 祖母は俺をいるだけで嬉しかったと言ってくれたが、俺にとっても二人はいるのが当然で、特別なことじゃなかった。 自慢できる家族を求めてなんかいなかった。 「何かこの家、安心するね」 「ああ」 安心、そうだ、これだ。 この家にはずっとそれがあった。 それはあの二人がくれた、あの二人がつくってくれたものだ。 赤の他人が不思議な巡りあわせで、思いがけず、ずっと。 それなら俺は母にも感謝しないといけないのかもしれない。 一度は父と家庭を持とうと思い、結婚したのだから。 「たっくん、たっくん大阪行かないでくれて良かったよ」 「へ?」 「たっくん大阪行ってたら私達きっと出逢えなかったよ。うち女の子の一人暮らしなんてお父さん絶対許さなかったから、大学絶対地元だったし、そしたら凛ちゃんも生まれなかったよね、怖いなぁ」 「それは怖いな」 「ね、ほんのちょっとのことで人生は変わっちゃうんだもんね。恐ろしいよ」 「うん」 「縁って凄いね」 「ああ」 「おやすみ。明日叔母さん来るんでしょ?楽しみだね」 「ああ、おやすみ」 ほんのちょっとのことで人生は変わる、か。 あの日ボロ泣きしてる俺に言ってやりたい。 お前の選択は間違ってなかったよ。 毎日三食美味いもの食ってたし、金に困ることなんか一度もなかった。 高校の修学旅行まで海外旅行なんかしたことなかったし、家族で出かけたのは鎌倉と小田原くらいだったけど、そんなことたいしたことじゃない。 行きたかったら大人になって自分の金で行けばいい。 生きてたら何だってできるよ。 それに、九年経ったらすんげー可愛い子と出逢えるよ。 お前はその子と結婚して、可愛い女の子が生まれて、お父さんとお祖母ちゃんも元気で、幸せに暮らしているよ、と。
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