おまけ

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「ご馳走様でした」 食べ終わった後は、空虚が残りました。 世界中で私一人だけが、過去に留められてしまっているかのような、まるで時が止まってしまったかのような、不思議な感覚でした。 もう二度と買うことはできない。もう二度と食べることはできない。 まだ現実味を帯びませんが、人はやがてゆっくりと、その悲しい別れを実感していくのでしょう。 そうして人は、当たり前のように思っていたことが、実は大きな奇跡だったことに気付くのです。 「……自分から関係を断つって決めたのに、何でこんなに、悲しいんだろ……」 今は、泣いても構いません。私は大粒の涙を鉄板の上に落としました。 さっきまで彼がいた、鉄板の上に。 「ごめんね、ごめんね……今まで、ありがとう」 何度呟いても、その声は彼に届くことはありませんでした。彼はもう、私の声が届かないお腹の彼方へと、旅立ってしまったのですから。 また、耳を澄ませば聞こえてくるようです。 お肉の、じっくりと焼かれる時の、あの美味しそうな音が。ほら、よく耳を澄ませば、何か聞こえてきます。木琴を叩いているような、まるで私のスマホの着信音のような──。 「っ! や、やばっ」 と、そこでやっと私は自分のスマホに着信が来ていることに気付き、慌てて出ました。 着信はどうも母からのようです。 「も、もしもし。どうしたの?」 『愛海、元気にしてる? 実は嬉しいお知らせがあるんだけど』 正直言って、悲しい別れを遂げた後に、雰囲気を壊されるような無粋なことはされたくなかったのですが、いつまでもくよくよしてはいけないと思い、普段通りの口調で話しました。 しかし、嬉しいお知らせとは何でしょう。 「う、嬉しいお知らせって?」 『あんた、確か肉が好きだったでしょ? 実はさっき商店街の福引が当たってね、最高級の牛肉、シャトーブリアンが届いたから、あんたにも送っといたの』 「えっ」 『確か三人分くらいはあるけど、あんたなら余裕でしょ? じゃ、届いたらありがたく食べてね。父さんと母さんのことは気にしなくて良いから』 「いや、待って。待って、あの、ごめん実は私もうお肉は……」 『残さず食べなよ。それじゃ』 そう言って、母は一方的に電話を切ってしまいました。 取り残された私。頭の中にあるのは、先程食べていた松坂牛のサーロインステーキのこと──ではなく。 「シャトーブリアン……どうしよ。食べたい。死んでも食べたい。でも、肉断ちを決めたばかりなのに……どうしよう」 悩みに悩んで、三十分。 やっと私の中で、ナイスアイデアを閃きました。 「そっか、シャトーブリアン食べたら肉断ち開始にすればいいじゃん。残すのは悪いもんね。あっ、じゃあシャトーブリアンちゃんが届くまでは、お肉食べてもOK? そっか、私天才? そうすればよかったんだ……」 ──と、まぁそんな訳で。 松阪牛のサーロインステーキ達に対して行ったお別れを、たった三十分で完膚なきまでに踏みにじった私は、この日から一ヶ月後、現在の体重から二キロ増え、再び肉断ちに加えて適度な運動をするという天罰が降るのですが、それはまた別の話です。 〜la fine(おしまい)〜
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