惜別〜arrivederci,mia adorata〜

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少しだけ、過去に遡ります。 三日前、お風呂上がりの気怠げな時間のことです。 本日の気温は三十二度。一日中クーラーの効いた部屋でごろごろと転がっていた私は、然程汗をかくことはありませんでしたが、微妙に流れ出た汗と、ほのかに漂う嫌な匂いを拭うために、ぬるめのお風呂に入りました。 ふわふわのシャンプーとゆるふわなボディソープの香りに包まれて、バスタオル片手に気持ち良くお風呂場から出て、そこで目についたものがいけませんでした。 ちょうど私の視界に止まったのは、体重計です。 そういえば、最近体重を測っていません。私の体型は比較的小柄なので、あまり心配することはありませんが、この暑さです。記録的猛暑によって私の体重はさらに減っているかもしれません。そんな希望的観測と、自意識過剰が悲劇を生みました。 「……嘘、だよね」 体重計が弾き出した私の体重は、五十六キログラム。 全国にいる身長百五十四センチの一般女性の平均体重より、プラス四キロ多い数字でした。 私は絶望しました。 そんなわけないと思い、三、四回確認してみましたが、数値は一切変わりません。体重計が壊れているのかと思い、急いで電気屋さんへ走って新品を買ってきましたが、数値は零点二グラムの誤差しかありませんでした。 何故これほど太って──いえ、体が成長したのか。この急激な成長は、何故起こり得たのか。 その理由は、体の中には心臓が一つしかないのと同じく、たった一つしかありませんでした。 「……思えば、長い付き合いだったね」 付け合わせの人参と共に、お肉を頬張ります。じゅわりと肉汁が喉に流れて、濃厚な旨味が口元いっぱいに広がっていきました。 「今日はなんとなくお肉食べよう。今日は良いことがあったからお肉食べよう。今日はなんかイライラするからお肉食べよう。どんな時にも私を支えてくれたのは、お肉様だったよね」 松阪牛のサーロインステーキも、そうだ、と言わんばかりに、鉄板の上でじゅうじゅうと頷きます。 思えば、彼とこんなに真剣に向き合ったことはなかったかもしれません。 私にとってお肉様は、居て当たり前の存在でした。でもその当たり前が、私とお肉様の距離を徐々に離れさせていったのです。 そして、そのことに気付いた時には、余りにも遅すぎました。 「ごめんね……私の体重を減らすには、お肉様とお別れするしかないの」
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