惜別〜arrivederci,mia adorata〜

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「……最後の一口になっちゃったね。何か言い残すことはある?」 鉄板の上には、もう一口分のサーロインステーキしか残っていませんでした。 サーロインステーキは、これ以上何も言いませんでした。何を言っても、もう遅いと理解したのです。 「じゃ、そろそろ食べなきゃ。急がないと、冷めちゃうし」 ──本当は、私の方が。 伝えたいことが、たくさんあるのに。 お肉様のおかげで、仕事を頑張れていること。お肉様のおかげで、友達ができたこと。お肉様のおかげで、毎日が楽しいこと。 ──お肉様のおかげで、幸せだったこと。 でも、それを言葉にすることは、できませんでした。 何故なら、この別れは私からの提案だからです。相手に希望を持たせるような別れは、してはいけないからです。だから、わざと冷たく言う他ないのです。 「さよなら。ばいばい」 一瞬、時が止まったようにお箸を持つ手が止まりました。でも、すぐに私は大きく口を開けて、最後のお肉様を食べてしまいました。
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