惜別〜arrivederci,mia adorata〜

「今日で、お別れだね」

名残惜しさを、わざと残すように、本当は嘘だよとすぐに否定したいように、わざと私を掻き立てるように、私は俯いたまま呟きました。

豪華なレストランの一室……ではなく、五畳半のアパートの一室。聞こえてくるのは、名も知らぬ虫の囀りと、野良猫の鳴き声。あとは、じゅわじゅわと焼ける音。

狭い部屋の中で、LED電球が悲しみに暮れた私と、彼を照らしています。

彼は、何も喋りませんでした。

それでも私は、彼が言いたいことを汲み取り、代わりに喋ってあげました。

「わかってる。辛いんでしょ。でもね、そんなの、私だって一緒だよ……ううん、違う。あなたよりずっと、私の方が辛いんだからね」

私は寂しく自分のお腹を見つめました。否定できない現実を目の前にすると、悲しい気持ちになってきます。

「──それじゃ、今日が最後だね」

両手を顔の前に持ってきて、パンッ、と合わせました。それは気合いを入れるための、惜別の時を迎え入れる覚悟のための、儀式です。

涙が出そうになりますが、グッと堪えます。そんなことをしては、後味が台無しです。いつも通り、あの頃と同じようにすればいいのですから。

「いただきます」

そう言って、ナイフとフォークを両手に構え、テーブルの上に置かれた彼──松阪牛のサーロインステーキと、向き合いました。