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第1話 幽霊の映画鑑賞
「ねえねえマキさん。この映画面白そう」
少女は映画館の放映スケジュールの看板をその大きな瞳でじっくり吟味して、一つのタイトルを指さした。
『夏空の恋』
人気急上昇中の若手女優が主演を務める映画だ。ごりごりの恋愛映画。
夏祭りに運命的な出会いを果たした男女。だが、男は重い病を抱えていて余命幾ばくも無い。そんな男女のひと夏の恋物語。
「つまんなさそう」
男がそう言うと、少女はすかさず男の腹に肘をぶつけた。うぐっと妙な声が出る。
「今日はこの映画観るの! いいですね!」
「生意気娘め」
「おじさんは可愛い女の子のわがままを聞くべきですよー」
唇を尖らせる少女に、やれやれと肩を竦める。
「分かったよ。行くぞ」
男は二十代後半。身長は高いが、貧弱な体でひょろっとしている。猫背も相まって情けない立ち姿になってしまうのだが、本人はとくに気にしていないらしい。
対して少女は十代前半。肩までの髪は栗色でくるくるとしている。逐一動作が大きくて、離れていてもその独特な動きですぐに見つけられそうなほどだ。迷子にはなりにくいだろうなと男は思う。
「映画館っていったらポップコーンですよね。美味しそう」
売店で女子大生と思しき女性がポップコーンを買う様子を、少女は羨ましそうに見つめた。
「ちょうど映画はじまるみたいだから、もう行かないと間に合わないぞ」
「ちょっと、マキさん苦しい」
男――マキは少女の首根っこを掴むと引きずって歩き出す。ぎゃあぎゃあと騒ぐ少女を引きずったまま、チケットの確認をしている映画館スタッフの前を素通りした。
マキはチケットを見せることもなかったが、スタッフが気にする様子はない。
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