第十七話 小話を三つ

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第十七話 小話を三つ

 飲み会で聞いた短い話を三つ纏めてみました。  逃げ水  夏、かんかん照りの暑い昼、布川さんはバイクを走らせていた。  前を走る車が道路に映る逃げ水の上を通って行く、歩道には小学校三年生くらいの男児がアイスクリーム片手に歩いていた。  次の瞬間、ザバーっと水しぶきが上がった。 (えっ?)  何が起きたのか分からずに布川は思わずブレーキを掛けていた。  歩道で男の子が呆然と立ち尽くしている。 「大丈夫か?」  布川がバイクを走らせ男の子の横へと停めた。 「水が……」  呟く男の子の下半身、シャツの下半分からズボンがぐっしょりと濡れていた。  本当に水溜まりがあったのかと布川は見回すが水滴一つ無い、男の子の下にも水跡は無い、男の子だけが濡れていた。 「水が……水が……」  泣き出しそうな男の子の足下、驚いて落としたのかアイスクリームが溶けているだけだ。 「大丈夫か? 吃驚したな、これでアイスでも買いなよ」  布川は財布から五百円玉を出すと男の子に握らせた。 「ありがとう」  泣顔で礼を言う男の子に手を振ると布川はバイクに跨った。  あれは何だったのだろう、走って行った車が窓から水を掛けたのなら地面が濡れているはずだ。  逃げ水がバシャッと水しぶきを上げるのを確かに見たのだ。布川さんは今でも不思議だと首を傾げた。  カラス  北村さんの住んでいる町はカラスが多い、早朝「カァカァ」と鳴く声で目を覚ますことも度々あるという。  その朝も「カァカァ」と煩い鳴き声で目が覚めた。近くで鳴いているらしい。 「煩いなぁ」  北村がカーテンを開いて窓から外を見た。 (???)  細い道路を挟んだ向かいの屋根の上に変なものがいた。 『カァカァカァカァ』  一メートルくらいの黒いおっさんが鳴いていた。 「えぇっ!?」  思わず口から出た。  聞こえたのか黒いおっさんが振り向いた。 『カァカァ、カカァァ』  ニヤッと厭な笑みを浮かべたおっさんにヤバいと思って北村はサッとカーテンを引いた。 『カァカァカァ』  バサバサと羽音がして声が遠のいていく。  恐る恐るカーテンを開けると、もう黒いおっさんは居なくなっていた。  寝惚けていたのかも知れないが北村さんは外でカラスの鳴き声がしても二度と見る事はなくなったという。 「だってあの黒いおっさんが飛んできたら怖いでしょ」  そう言って北村さんはブルッと震えた。  トイレ  黒岩さんは朝が弱い、低血圧という事でもないのだがとにかく朝起きるのが怠いという。  寒い冬のある朝、スヌーズで鳴り響く目覚まし時計を止めてやっと起きだした。 「寒い……会社休もうかなぁ」  愚痴りながらゆっくりと布団から出た。  そのままのそのそとトイレに向かう。用を足そうと便器の蓋を上げた。 「へっ?」  小さな声が出た。何かと目が合った。  眠い目を擦ってよく見てみる。便器の中に顔があった。頬のほっそりとした女だ。  驚いた黒岩は蓋を閉めると気が動転したのかノブを捻って水を流した。 『えぇぇーーっ』  水の流れる音と共に蓋の向こうから女の声が聞こえてきた。  静かになったのを確認して、恐る恐る蓋を開けてみる。女の顔は消えていた。普段の便器だ。 「寝惚けたか」  黒岩は用を済ませて水を流すとトイレの外へ出た。 『えぇぇーーっ』  また驚くような声が聞こえてトイレのドアを開いた。  蓋が開きっぱなしの便器があるだけで何も居なかった。  寝惚けていたんだと話してくれた黒岩さんが最後に付け足した。 「でもめっちゃ笑顔だったよ、あの女」  また出たら今度は話し掛けてみると言って黒岩さんは笑った。
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