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第二十一話 小話三つ
秘密基地
林業をしている児嶋さんに聞いた話
その年に切る木を調べるために児嶋は同僚と二人で山へ入った。組合が所有している普通の杉山だ。
山の八合目辺りで奇妙なものを見つけたという。
「何だあれ?」
児嶋の見つめる先に杉の枝や竹で囲った小屋のようなものがあった。竹は所有者不明で管理されていない隣の山から持ってきたのだろう。
(秘密基地かな)
児嶋の頭に小学生の頃に友人たちと近くの山の中に作った秘密基地が思い浮かんだ。
だがここは山奥だ。近くの村から舗装されていない土が剥き出しの山道をトラックで二十五分近くかけて行き、そこからさらに徒歩で三十分近く登った山奥なのだ。
悪ガキが作った秘密基地だったとして、こんな不便な場所に作る意味があるだろうか?
「誰か勝手に入りやがったか」
キャンプか何か遊びで誰かが山に入ったのだと思った。
「私有地だぞ」
怒りながら小屋のようなものに近付いていく、同僚は反対側の木を調べていた。
「誰か居るのか?」
誰も居ないと思いながら一応声を掛けてから杉の枝を払うようにして小屋らしきものの中を見た。
「うぅ……」
思わず息を呑んだ。
太い竹で四隅の骨組みを組んだ小屋らしきものの中央に鹿がぶら下がっていた。
鹿からは血がポタリポタリと滴っている。血抜きだろう、つい先程、腹を割いてぶら下げたように見える。奥には狸らしきものも転がっていた。
「ヤバい……」
児嶋は慌てて踵を返した。
「ヤバい、ヤバい、ヤバい」
細い山道の向こう、山の斜面を叫びながら下りてくる児嶋に気付いた同僚が手を止めて何事かとやって来た。
「児嶋さん、何かありました?」
児嶋より三つ年下の同僚が心配そうに訊いてくる。
「ヤバいのがあった。あれはヤバい」
少しパニックになっている児嶋の顔を同僚が覗き込む、
「何がヤバいんです?」
「むっ、向こうに変な小屋があった。あれはヤバい」
青い顔をした児嶋が斜面の上を指差す。
児嶋が指差す方を見ながら同僚が呑気な声を出した。
「小屋ですか? 誰か勝手に入ってきたんですか?」
同僚の態度に怒ったのか児嶋が声を荒げた。
「違う! あれは違う! 人じゃ無いと思う」
「人じゃ無いって……またまたぁ、脅かそうとしてるんでしょ」
「いや、マジだって」
あまりに真剣な児嶋の態度に同僚も興味を持ったようだ。
「じゃあ、見に行きましょうか」
「止めた方がいい、一旦帰って猟師さんを連れて来た方がいい」
「またまたぁ、大袈裟なんだからぁ、この辺りには熊もいないし気を付けるのは蛇とスズメバチくらいですよ」
冗談だと思っている同僚は笑いながら斜面を登っていく、
「マジだって、マジでヤバいんだって」
同僚が心配なのか児嶋も後を追っていく、
「何処にあるんです。小屋って」
「あれっ……」
言葉が続かない、小屋らしきものが消えていた。
「ここに、ここにあったんだ」
児嶋が必死に指差す先には踏み固められたような杉の枝葉が落ちているだけだ。
「何も無いじゃないですか」
「ここにあったんだって、竹と杉で作った小屋が」
「夢でも見てたんじゃないんですか?」
「夢なんかじゃない」
普段なら馬鹿にしているのかと怒り出す児嶋が青い顔で震えているのを見て同僚が優しい声を掛ける。
「分かりました。今日はもう帰りましょう」
「……本当なんだ」
自身でも現実だったのか分からなくなった。
心配してくれる同僚と共に山を降りてその日は早退して帰った。
その後も山には何度も入ったが小屋のようなものを見る事は無かった。
あれは何だったのだろうか? 白昼夢でも見たのだろうか?
「でも……鹿を吊してた蔓が綺麗に結んであったんだ。あれは猿とか動物じゃ出来ないと思うんだけどな……でも人間だったとして、それはそれで怖いと思うんだ」
児嶋さんは思い出すように話を終えた。
牡蠣
お化けの話じゃないけどと、前置きして上野さんが話してくれた。
上野が住んでいる町を流れる川の河口で十年ほど前から外国人が牡蠣を採って問題が起きているらしい。
河口付近のコンクリートで囲まれた両岸や置いてあるテトラポッドには岩牡蠣が沢山着いている。それを採っていくのだという。
昔と比べて水はずいぶん綺麗になったというが地元の人から見たら汚いドブ川という認識だ。
地元の人は牡蠣はもちろん川で採れた魚や貝などは絶対に食べない、だが外国人は採っていくという、その取り方が尋常じゃない、大きなバケツに牡蠣の身だけを持っていく、その場で殻を剥き、汚い川の水で晒すように身を洗ってバケツに放り込むのだ。
河口は牡蠣の殻で真っ白になりテレビのニュースでも放送されたくらいだ。
説明するように話すと上野さんは大きな溜息をついた。
「別に自分たちで食うのならいいんだよ、でもあいつら売るんだよ、汚いって分かってるんだ。だから自分たちは食べない、採った牡蠣は仲間がやってる店に卸してるんだ」
嫌そうに顔を顰めながら上野が続ける。
「だから私はこの辺りの店で出てくる安い牡蠣は食べない、汚い牡蠣なんて食べたくないからね、まぁ、個人で採る量なんて知れてるから大手チェーン店が出すのは大丈夫だと思うけどね」
また大きな溜息をついて話を終えた。
ブランコ
近くの公園で五年ほど前にあった出来事だと言って中野さんが話してくれた。
その公園には砂場と一体になったコンクリート製の滑り台にブランコ、後は隅に鉄棒が置いてあった。
平成の初め頃までは回転遊具や大きなジャングルジムもあったのだが危険だということで撤去されて今は無い。
緑豊かな公園で敷地を囲むように植樹されていて、ジャングルジムのあった場所は花壇になって季節の花を咲かせていた。
憩いの場として町の人たちが大事に使っている素敵な公園だ。
五年ほど前に公園近くのマンションに小学生の子供を持つ一家が越してきた。
やんちゃな男の子で普通にブランコに乗るのではなく、立ち漕ぎやチェーンを伝って支柱に登って遊んだりしていた。
公園の管理は近所に住んでいたお爺さんが市から請け負っていた。管理といって掃除をしたり花壇の水やりをする程度だ。
無茶な遊びをする男の子をお爺さんは度々注意していたがその度に男の子の親が凄い剣幕で文句を言ってくる。
親曰く「うちの子がそんなバカな事をするはずがない」という事である。男の子もそんな事はしていないととぼける。最後にお爺さんの方が謝らされて終るというのが常だ。
近所の人たちも知っていたが一家の異常な言動に臆して誰も関わるのを避けていた。
そんなある日、事故が起った。
ブランコで遊んでいた男の子がチェーンに挟まれて指を切断するという痛ましい事故だ。
普通に遊んでいれば起きない事故である。男の子は普通にブランコに乗るのではなく、チェーンを絡めてブランコを捻るように横に回した後で乗って回転して遊んでいたのだ。絡めたチェーンに指が挟まって千切れた自業自得の事故だ。
だが親は納得しなかった。管理者責任だとお爺さんを責め立てた。
これには流石に近所の人もお爺さんを擁護したが男の子の親は更に逆上して連日連夜、お爺さんの家に押しかけた。
親の訴えもあってかお爺さんは公園の管理を辞めさせられる。ブランコも撤去された。
お爺さんの家は借家だ。少ない年金だけでは足りずに公園管理の仕事をしてどうにか食べていけたのだ。仕事を失ったお爺さんは途方に暮れ、悲観して自殺してしまう。
公園、ブランコのあった場所の後ろ、植樹してある木に首を括って亡くなった。
それから奇妙なことが起るようになった。
夜に公園の近くを通るとキコキコとブランコを漕ぐ音がするという、ブランコは撤去されたはずだ。では何が鳴っているのか? 中野さんは見た。
大学生だった中野はお好み焼き屋でアルバイトをしていた。お好み焼きや焼きそばなどで酒を飲む居酒屋のような店だ。
バイトが終ったのが夜の十時半、厨房の掃除をして店を出たときには十一時を回っていた。そこから電車に乗って最寄り駅に着いたのが十一時半だ。後は自転車で十三分ほどで家だ。
自転車に跨って駅の駐輪場を出て行く。
「今日の客は面白かったなぁ」
お好み焼きを焼く鉄板の向かい、カウンター席に座った客が業界の裏話などを教えてくれて気持ち良く仕事が出来た。
〝キィーコ、キィィーコ、キィーコォ〟
音が聞こえて来た。公園の近くを通ったときだ。
「零時前だぞ、誰が乗ってんだブランコ」
もしかしたら知人が駄弁っているのかも知れないと中野は自転車を公園に向かわせた。
〝キィーコ、キィィーコ、キィーコォ〟
さっきより大きな音が聞こえて来た。
(やっぱ、誰か居るんだ)
入り口横に自転車を停め、公園へと入っていった。
「ブランコかぁ、懐かしいなぁ」
中野も幼稚園や小学生の頃に何度も乗って遊んだブランコだ。
知り合いが居たら俺も乗ろうかなと思いながらブランコのあった右奥へと向かう足が止まる。
(待てよ、ブランコって無くなったんじゃ……)
馬鹿な一家の所為でブランコが撤去されたのは中野も知っていた。
(じゃあ、今鳴っているのは……)
〝キィーコ、キィィーコ、キィーコォ〟
ブランコを漕ぐ音がハッキリと聞こえた。
怖いと思ったが足は止めなかった。走るのに自信があったのだ。確認してヤバければ逃げればいいと考えた。
「あっ、はあぁぁ……」
漏れるような悲鳴が出た。
〝キィーキィー、キィーコ、キィィーコ、キィーコォ〟
ブランコのあった場所の後ろ、植えてある木の枝で何かが揺れていた。
『くやしいぃ……くやしいぃぃ……』
首を括ったお爺さんが揺れていた。
「うぅ……うわぁぁーっ」
中野は全力で公園を出ると自転車に跨った。
〝キィーキィー、キィーコ、キィィーコ、キィーコォ〟
音が聞こえてくるが中野は振り返りもせずに一目散に家へと逃げ帰った。
ブランコの音はもちろん、お爺さんを見たと言う人が続出した。
責め立てて爺さんを死に追いやった一家は居心地が悪くなったのか一ヶ月もしないうちに引っ越していった。
一家が居なくなると音もしなくなり爺さんを見る事も無くなった。
「何も出来ない爺さんのせめてもの仕返しなんだろうな」
中野さんは悔しげにそう言って話を終えた。
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