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第四話 タコ
ある飲み会に参加した時に聞いた話。
私はタコが苦手だとタコの酢の物を見つめながら畑中さんが話してくれた。
スキューバダイビングが趣味の一つだという畑中は五年ほど前、スキューバダイビングのインストラクターでもある友人と二人で沖縄の海でダイビングしていた。
ダイビングスクールで使う広告の写真を撮っている友人を尻目に畑中は綺麗な魚や珊瑚を見飽きたので何か面白い生き物でも探そうと岩の隙間などを探っていた。
(珍しいヤツいないかなぁ)
何か大物が潜んでいそうな岩場を見つけて泳いでいく。
(何だあれ?)
岩と岩の間、窪地になって砂が溜まっているところに丸いものがいた。
(ナマコかな)
確認しようと近付いて岩の間を覗き込んだ。
〝うわぁあぁ!〟
溜まった砂の上に髑髏があった。丸い頭に二つの眼孔、間違いない人間の頭蓋骨だ。
(骸骨だ! 死体だ!)
慌てて海上へと上がっていく畑中を見て近くで撮影していた友人が追っていく。
「骸骨が……死体だ、警察に……」
軽いパニックを起している畑中の向かいに友人が浮んできた。
「どうした? ボンベの故障か」
青い顔をしている畑中を友人が心配そうに覗き込む。
「違う、死体があった」
畑中の真顔を見て友人が顔を顰めた。
「死体? 本当か」
うんうん頷きながら畑中がこたえる。
「ああ、骸骨だ。頭が転がってた」
「そうか……」
顔を顰めたまま友人が話してくれた。
第二次世界大戦で多くの犠牲者が出た沖縄だ。今でも古い御遺体が見つかることがあるのだ。
「見間違いじゃなきゃ供養してやらないとな」
確認しに行くという友人の後を追って畑中も潜った。
骸骨があったという大きな岩と岩の間、畑中が指差す先を友人が覗いた。
〝うはっ、あはははっ〟
友人がゴボゴボと酸素を吹き出し大笑いした。
何を笑っているんだと畑中も岩の間を覗く、
(タコだ……)
畑中の見つめる先に大きなタコがいた。灰色がかった白色になって砂に半分埋もれて隠れている。丸い頭をボコボコと凹ませて岩に擬態しているつもりだ。その凹みが髑髏の眼孔に見えた。
唖然とする畑中の頭を友人が指でチョンチョンと叩いた。
(ごめん)
畑中はバツが悪そうに謝るように顔の前で手を合わせた。
軟体生物のタコは形はもちろん色も変えることが出来る。ど派手な蛍光色は無理だがくすんだ赤や青、灰色など色々変化できるのだ。
タコを骸骨と見間違えたんだと友人に大笑いされた。先程見た骸骨と少し違うと思いながら畑中も照れ隠しに笑って誤魔化した。
気を取り直して、また遊びはじめる。
暫くして畑中の足が引っ張られた。友人かと振り返るが何もいない、友人は七メートルほど離れた場所で珊瑚を写真に撮っていた。
魚が足に触れたのだろうとさして気にもせず畑中はまた珍しい生物探しを再開する。
五分ほどしてまた足が引っ張られた。今度は確かに足首を掴まれた感触があった。友人は相変わらず珊瑚撮影をしている。
(おかしい? 自分たちの他に誰か潜っていて悪戯してきたのかな)
畑中は辺りを見回すが自分と友人の二人だけだ。
嫌なものを感じた畑中はダイビングを中止して上がろうと七メートルほど離れた友人の元へと向かう。
くるっと回れ右して泳ぎだしたその時、足が掴まれた。
身を捩って振り向いた畑中の目に足にしがみつく骸骨が映る。
(おわわっ!)
驚いて悲鳴と共に肺の中の酸素を吐き出す。
(ぐわっ!)
必死に骸骨を引き離そうと身を捩り、足をばたつかせる。
咥えていたレギュレーターの隙間から海水が口に入ってくる。
〝ガバッ! ゴボボゥ、グゥウゥゥッ!〟
パニックを起している畑中を見て友人が駆け付ける。
その友人の目に必死でもがく畑中の足にしがみついている大ダコが見えた。
(タコだ……落ち着け畑中!)
スキューバダイビングのインストラクターでもある友人は畑中を抱きかかえるようにして海上へと出た。
「がっ、骸骨が……骸骨が足を引っ張った」
「落ち着け!」
しがみつきながら顔を引き攣らせる畑中を友人が叱咤した。
友人の大声に畑中も怒鳴り返す。
「お化けだ! 骸骨が足を……今も引っ張ってる」
「落ち着けよ、骸骨じゃない、よく見ろタコだ」
友人は畑中の頭を抱き寄せるようにして耳元で言った。
「タコ? タコって……」
抱きかかえる友人の腕に顎を乗せるようにして自分の足下を見た。
タコがいた。灰色の大きなタコが畑中の右足に絡み付くようにして引っ付いていた。
「たっ、タコだ……」
畑中の全身から力が抜けていく。
「落ち着いたか? スキューバじゃパニくったらダメだっていつも言ってるだろ」
畑中の頭をポンポン叩いて友人は抱いていた腕を離した。
「タコが……タコ」
気の抜けた様子でタコを見る。目が合った。タコが畑中からするっと離れていく。
「脅かしやがって」
照れを隠すように誰に言うとなく怒鳴る畑中を見て友人が笑い出す。
「あはははっ、まぁ驚くわな、あんなデカいタコ、この辺でも珍しいぞ」
「クソ腹立つ、捕まえて晩飯にしてやる」
畑中はタコを追って潜った。
「デカすぎて水っぽくて旨くないぞ」
友人も笑いながら後を追って潜る。
追われているのが分かるのかタコが逃げていく、畑中は必死で追った。
(絶対捕まえてやる)
食べる食べないはともかく、捕まえたタコを見せてこんな事があったと話せば今晩行く予定のスナックで受けると思った。
タコが岩と岩の間に入っていった。先程、髑髏とタコを見間違えた場所だ。
(さっきのタコか)
砂に身を潜めて頭だけ出していたタコを思い出す。
(向こうから捕まえるか)
タコが先程と同じように砂に潜るのなら後ろから捕まえてやろうと岩の反対側へと回る。
(いた!)
思った通りタコの後ろに出た。八本の足を砂に埋めて丸い頭だけ出している。
畑中がバッと手を伸ばした。
(捕まえたぞ)
タコの首根っこを掴んで砂から引き摺り出した。
そこへ友人がやって来る。
〝ガッガボボッ! ガバゴボ!〟
口に咥えたレギュレーターの間から泡を幾つも出して友人が海上へと上がっていく。
(なにビビってんだ?)
友人に気を取られてしっかり見ていなかった掴んだタコを改めて見た。
〝グガッ! グワワァァーーッ〟
タコではなかった。畑中が掴んでいたのは人間の頭蓋骨、髑髏であった。
(うわっ、うわぁあぁぁーーーっ)
畑中は髑髏を放り投げて慌てて海上へと上がっていった。
「どどっ、髑髏が……骸骨があった」
恐怖にどもる畑中の前で友人も頷いた。
「ああ、骸骨だったな」
先に上がった友人は息を整えて落ち着いたのか冷静だ。
「俺も見たから間違いないと思うが……確認しに行くか」
友人の向かいで畑中が顔を強張らせる。
「確認って……また行くのか?」
「ああ、事件か事故か……昔の遺体でも上げてやらなきゃかわいそうだ」
生まれは千葉だがもう二十年も沖縄でダイビングショップをしている友人は遺体を上げるのを何度か経験しているらしい。
「でも引っ張られたらどうする。さっきのもタコじゃなくて彼奴だったんじゃ」
怖がる畑中を友人が一喝する。
「馬鹿言うな、お前を引っ張ったのはタコだよ、俺が言うんだ間違いない」
「でも……」
「嫌ならここに居ろ、一人で行ってくる」
畑中を置いて友人が潜っていく。
「ちょっ、待てよ、行かないなんて言ってないだろ」
畑中も慌てて潜った。後で笑いものにされるのはごめんだ。
先に潜った友人が岩と岩の間をカメラで撮っていた。警察に届ける時に見せると話が早くなる。
畑中も怖々と覗く、岩の間、砂が溜まっている場所に頭蓋骨が転がっていた。周りには砕けた骨も散らばっている。岩と岩の窪地にあったので波に流されないで済んだのだろう。
二人の通報によって遺体は引き上げられた。かなり古いもので事件性は無いだろうとのことだ。
畑中はあの時のタコが頭に浮んでタコ料理は食べられなくなったという、テーブルの上にあるタコの酢の物を見つめてぼそっと付け加えた。
「タコは他の生物や岩などに擬態するんだ。あのタコは岩場で見つけた髑髏に擬態してたんだと思う……」
暫く間を開けて畑中が続ける。
「でもあの遺体が……タコを使って居場所を教えたのかもしれないって…………」
彼は口をつぐんだ。
私はタコの酢の物に伸ばした箸を引っ込めた。
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