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「わしらの頃はな、移動するときは歩かなならんかったんじゃ。車や列車なんてなかった。」
円になって座っている一団の中で一人の老人が喋り始めた。
今度はその隣の老人が喋り始めた。
「わしらの頃は、人力軌道っていうのがあってな。人が列車を押してレールの上を走っとったんじゃ」
「わしの頃になると、列車は電気じゃったが列車の前を少年が『あぶないでっせ。通りまっせ。』と案内する係がおったわい」
次々と老人達が話しかけてくる。
「わしの話を聞きなさい。わしの頃はバスに若い女性の車掌さんがおってな」
もはや、好き勝手に話し始めている。
「おれのときは、便所がまだ人の力で処理してたな」
目の前の集団のなかには比較的若い人も混じっている。
「俺が小さいときは買い物するときにレジ係っていうのがおってな、商品を1つ1つ確認するんだ。お金の受け渡しも人間がやってたんだぜ!」
はぁ~
俺はため息をつく。
いつの時代の話をしてるんだか。
今や買い物するのに手のひらサイズの端末があればいい。
商品を自分でスキャンすれば勝手に口座から支払いされる。
一昔前まで使っていた紙幣も今はない。
誰が触ったかもわからない紙幣など不衛生極まりない。
電車だって今の時代、無人で走る。
ヒューマンエラーなど絶対に起こらない。
「あの~」
おれは申し訳なさそうに言った。
「そろそろ帰ってくれません?」
毎日おれの部屋へ居座り同じ話ばかりしている一団に嫌気がさしていた。
部屋の中がしんと静まった。
だが、それは一瞬だった。
「なんじゃ、せっかくわしが孫の孫の孫の孫のそのまた孫の孫に会いに来ているのに」
「そうじゃ!わしも孫の孫の孫の孫のそのまた孫の息子に会いに来たんじゃ」
「わしも孫の孫の……」
一団はさっきよりも一層賑やかに文句を言っている。
「いい加減にしてください!なんでよりによっておれの部屋に集まるんですか。もうお盆は過ぎたんだ。あの世へ帰ってくれ」
「そんなに怒らなくても……」
一様にシュンと落ち込む彼らが少し気の毒になった。
「そんなに怒ったつもりじゃなかったんだ。わかったよ。8月いっぱいまで居ていいよ」
それを聞くとうってかわって、えんやえんやの大騒ぎ、中には踊り出すものまでいた。
「やっぱり帰れー!」
おれのむなしい叫び声が部屋に響いた。
この事をありのまま夏休みの宿題の日記に書いた。
我ながら稀有な夏の思い出が出来たと喜んだ。
後日、校長室へ呼び出しをくらうことになるわけだがそれはまた別のお話。
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