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chapter.1 Queen
Page.1
ぱちくり。
そんな大袈裟な音が聞こえてきそうなぐらいアリスは目を開けては閉じる。
ぱちくり。
何度も目を開けては閉じてを繰り返しているのに、アリスの目の前の景色は変わらない。
「……どういうこと?」
アリスは自分が今どういう状況に置かれているのかわからずに、心に浮かんだ疑問をそのまま口に出してみたが返事は無い。
アリスは覚えてる限りの事を頭に思い浮かべる。
昨日はいつも通り学校に行って帰って来て、それでご飯食べてお風呂に入って寝て……いつもと何も変わらない日だったはず。
どうすればいいか全くわからず、とりあえず状況把握の為にアリスは周りをぐるりと見回してみる。
見覚えのない森。木が生い茂ってる間から見える空は黒い雲がいくつも重なっていて、なんだか気味が悪い。
どこに行けば何があるのか、そもそもここはどこなのか、アリスは何一つ分からないがここで立ち尽くしてても何も進まない。
とりあえず、アリスは歩いてみる事にした。
方角なんてわからない。とにかく真っ直ぐ歩いた。風景がどこかしこも一緒だから、アリスは真っ直ぐ歩けてるのか、それすらも不安になったが歩けてると自分に言い聞かせて歩き続ける。
「それにしても、私は今どういう状況におかれてるの?」
アリスは心の中が不安で埋め尽くされて、声に出さずにはいられなくなる。
「いつも通りベッドで寝てたはずなんだけど……明晰夢ってやつ?」
アリスはよく兄が夢の中と分かっている夢を見ると言ってたのを思い出した。
兄の話では、夢の中を思った通りに動かせると言っていたのに自分の夢は全然動いてくれない。アリスは自分の夢に腹がたってくる。
「夢の中なら、お金持ちになりたい」
声に出したら動くかもしれない。そう考えて声に出してみても、アリスの目の前に広がる光景はぴくりとも変わらない。
「あーもー! なんなのこの森! 夢ぐらい楽しくしてよね!!」
次第にアリスは不満が抑えられなくなり、大声で文句を言い始める。
「私結構頑張ってると思うんだけど? そのご褒美もないって夢も希望もないじゃ!?」
一度言い出すと止まることなく不満が溢れ出す。
両親のアリス好きは一種の宗教だ、兄のルイスは両親に反抗しかしなくていつも家の雰囲気が最悪、自分はいつまでアリスを押し付けられるのか。
アリスにとってはこの世界に対しての不満ではなく、普段の家族への不満の方が大きいらしい。口から溢れ出す不満は家族へのものばかり。
「私とルイスの名前の由来は不思議の国のアリスなのに、二人ともそのお話が大っ嫌いって笑える」
アリスの両親は不思議の国のアリスがそれはもう大好きで、作者のルイス・キャロルと主人公のアリスの名前を子供につけた。
アリスとルイスは小さい頃から不思議の国のアリスを何回も読み聞かされ、両親が不思議の国のアリスを読んで考えた事を何度も聞かされた。そんな生活が今でも続いてるからか、アリスもルイスも不思議の国のアリスが大っ嫌いな子供に育った。
「……だめだ、文句が溢れて止まらない。このままじゃ独り言が多い変な女の子だって思われちゃう」
周りに人の姿なんて見えないのに、アリスは人目を気にして喋るのをやめた。歩く事だけに集中して歩き続けているが、どのぐらい進んだか見当もつかない。景色も一向に変わらずアリスはすっかりぶすくれていた。
地面に落ちてる石を蹴っ飛ばしたり、木の葉で笛を作ってぴーっと鳴らしてみたり、とにかく落ちてるもので気分が変わりそうなことを片っ端からしているが、状況は変わらない。
アリスはイライラが募るばかり。次第に最初に浮かんだ疑問が溢れ始める。
──ここはどこで私はなんでここにいるの?
アリスはもう一度昨日の出来事を思い出してみたが、自分がここにいる理由は全く分からない。
夢の中だとしたら簡単な話なのだが、それにしてはリアルすぎる。
ここは夢の中ではなく現実、アリスにはそうとしか思えない。しかし、現実の世界だとしたら全てにおいて説明がつかない。
ここは夢なのか、現実なのか、いくら考えてもアリスは答えを出せずにいる。
「おや、小さなお嬢ちゃんがこんな森の中にいるなんて」
アリスは声が聞こえた方向にすぐ首を向ける。
声の主が誰か、それはアリスにとってどうでもいい問題。大事なのはこの森に自分以外の誰かがいる、その事実だけだった。
「……うっそ、だ」
「第一声がそれって酷いなぁ」
アリスは空いた口が塞がらない。アホ面で固まっているアリスの事など気にもせず、木の上にいる声の主はアリスに向かって話しかける。
「ここに来たってことは……可哀想なお嬢ちゃんだ。それにしてもどこから来たの? この森は広いし意地悪だから出られないと思うんだけど、もしかしてずっと森を歩いてた? あらら、それはもっともっと可哀想に」
声の主はすたんと木から飛び降り、アリスの足元に座り込む。
アリスははっと我に返ると、小さな声の主に合わせて膝を屈める。
「……猫だよね」
「それ以外にどう見える?」
猫が喋ってる。
アリスはこの時確信した。これは絶対に夢だ。猫は喋らない。現実ではありえない。
「僕の名前はチェシャ猫、お嬢ちゃんの名前は?」
猫ははっきりと自分の名前はチェシャ猫だと名乗った。
アリスはその名前を知ってる。何度もチェシャ猫という言葉を反芻して、またしてもはっとする。
「チェシャ猫……あなたはチェシャ猫?」
「そうだよ、僕はチェシャ猫。そんなに僕の名前って変かな?」
変でしかない。
アリスが知ってるチェシャ猫は不思議の国のアリスの登場人物。姿が消えてるのに笑いだけが残る不思議な猫。
「……なるほど、これは最悪な悪夢なわけね。わかった。もうこの世界の事は理解した」
アリスは改めてチェシャ猫を見る。
「チェシャ猫、私を公爵夫人のところに連れて行ってくれない?」
「公爵夫人って誰かな?」
アリスの質問にチェシャ猫は間髪入れずに答える。アリスはどういうことか分からずに混乱している。
「あんたはチェシャ猫なんでしょ?」
「そうだよ」
「チェシャ猫は公爵夫人の飼い猫なんだから、主人がどこにいるか知ってるはずでしょ?」
「お嬢ちゃんが言ってることが僕にはよく分からないんだけど」
「だから! チェシャ猫の主人の公爵夫人に会いたいから案内して!」
チェシャ猫がなぜ理解してくれないのか、アリスはそれに少し腹を立てて言葉に力が入る。
「僕は野良猫、飼い主なんているはずがない」
「……え?」
アリスはチェシャ猫の言ってる言葉が理解出来ず、アホ面のまま見つめ合った。
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