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わたしは赤ん坊のころ、攫われたことがある。毒を飲まされて、殺されるところだった。
わたしが見つかった時、わたしを攫った犯人も同じ毒を飲んで、死んでいた。わたしは、穏やかに眠っていて、みんなで顔を見合わせるしかなかったという。
「ハール」
「はい! ごめん、なんか言ってた?」
「ううん。ぼーっとしてたから」
髪と口元をきっちり覆ったチオラが目元だけで笑う。
「大丈夫かい。疲れているだろう」
「そうかな。でも、みんなと同じだけ働いて、同じだけ休んでるよ。平気」
「僕はハルの話をしてるんだよ。休憩しよう」
わたしは黙って肩をすくめた。いくつもの鑷子と鉗子が大鍋の中でぐらぐら揺れて、熱による滅菌が行われている。先に済ませたさらしとメスは、綺麗に並べてきちんと専用の箱にしまいこんだ。
「平気よ。いくらでもやりようはあるでしょ?」
「……まあ、とにかく、ちょっと休憩にしよう」
チオラの後について歩きながら顔の覆いをとって、深呼吸をする。ぐらぐら茹だる鍋のそばにずっといたせいで、少しのぼせている。
馬のそばの木陰に座らされて、あれよあれよという間に飲み物もお菓子も用意される。レモンのにおいがする冷たい水を飲んだ。
「チオラは、過保護すぎるのよ。リーダイもだけど」
「そうかな」
「だって、わたし、チオラたちがこんな風に世話されてるの、見たことないわ」
チオラの目がきょとんと丸くなる。牛乳と小麦粉と砂糖を混ぜただけの焼き菓子を口に放り込む。
「そんなこと、ないけど。ぼくもリーダイも散々っぱら世話かけてもらってたよ。特にハルには、情けないところばかり見られてたのになぁ」
「うそ。いつ? わたし、覚えてない」
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