『ナンパ屋』 南波屋

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「やっぱり無謀だよね」  太一と同じく南波屋でアルバイトをしている、西宮真衣である。太一と同じ大学の二回生だ。左手の手首には、華奢な彼女にはいささか不釣り合いに思える腕時計が光っている。 「夏の海水浴場で見ず知らずのおっさんに代理で告白してもらいたい人なんていないって。いたとしても遊び目的でしょ。いくら店が暇だからっていっても、お昼時に店長が抜けるとさすがに手が足りないしさ。最近この店が何て呼ばれてるか知ってる? ナンパ屋だよ」    店の名前をもじってつけられたその不名誉な呼び名は太一も耳にしていた。 「まあまだ始めたばっかだしさ。一度やるって言い出したら店長聞かないし、もうしばらく様子を見てみようよ」  売り上げが落ちてから元気のなかった店長が、久々に楽しそうに働いているのだ。結果としてうまくいかなかったとしても、納得のいくまでやらせてあげたかった。 「太一くん甘いね。まあわたしも店長の好きにしたらいいと思うけど」  時々突飛な行動をすることもあるが、おせっかいで面倒見の良い南波店長は、従業員や数少ないお店のリピーター、みんなに好かれていた。 「うわ。ほんとにあるじゃん、ナンパ屋!」  数日後、お昼のピークタイムのことである。それなりに忙しく働いていた南波屋従業員一同であるが、大声で発せられた禁句に、一斉に反応した。  派手な見た目の男性四人組である。見たところ大学生か。店の前に貼られたポスターと看板に書かれた店名とを見くらべ、おかしそうに笑っている。あろうことか、入り口前のレジで会計をしていた南波店長のすぐそばで。 「絶対にネタだと思ってたわ」 「なーこんなのだれが頼むんだっての。気になる子がいたら自分で声かけりゃいいじゃん」  店長の顔は太一の位置からは見えない。 「でも今日は暑いし歩き回るのもしんどいな。ねえおじさん、だれでもいいから適当に遊べる女の子連れてきてよ。待ってる間ここで昼飯食ってるからさ」  店長の顔は太一の位置からは見えない。が、理不尽なクレーマーが現れたときの店長の対処法は嫌というほどよく知っている。この後に起こる出来事を想像し、太一は目をつむり、ゆっくりと天をあおいだ。
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