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それ以来、店長がビーチに行くことはなくなった。ナンパ屋呼ばわりした無礼な若者に、店長が無言でラグビー仕込みのタックルをおみまいして以来、である。
(そろそろ潮時かな)
少しかわいそうな気もしたが、店の平穏には代えられない。客足を伸ばす方法については、今度はみんなで一緒に考えればいい。太一はそっとポスターをはがそうとした。
「太一、何してる」
「いや、これもうやめますよね。ほら、あんなことがあったし。今度はみんなで南波屋を盛り上げる方法を考えましょうよ。おれにできることなら何でもしますから」
「ほう……」
店長はしばらく黙って考え込んだ。太一はなぜか嫌な予感がし、急いでポスターをはがそうとした。
「よし、決めた! 太一、今日からおまえにラブデリを任せる。しっかりやれよ」
太一は黙ってポスターをはがそうとした。
「いやいやいや、聞いてたよね!? 一度始めたことを簡単にやめちまったら南波屋の名が廃る。確かにこんなおやじに急に声掛けられたらびっくりするわな。太一ならおれよりましだろ…だからポスターはがしちゃダメだってば!」
太一はためいきをついて店長の方に向き直った。
「嫌です。無理です。断固としてお断りします」
「考えてみればおまえは色恋沙汰にうとすぎる。親しい女の子といえば西宮くらいだろう。この先もそれじゃ困るだろ。親心ってもんだ。悩める若人達のためにもなるしな。いいからやってみろ。何でもするって言っただろ」
「そんな横暴な」
人の善意を都合のいいように解釈してご満悦である。だがこの人は一度言い出したら聞かない。しかも何でもすると言ってしまったばかりである。太一は1分前の自分を殴ってやりたくなった。が、今さら遅い。こうして太一は次の日から店長の代わりにビーチに出るようになった。
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