はじまり

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 厳粛なピアノの音が流れてくる。これは、ショパンの「別れの曲」だ。体育館の壇上には、ユリやバラやかすみ草、他にも名も知らぬ白い花々が所狭しと飾られ、清楚で落ち着いた雰囲気が展開されている。    3年間身につけた制服も、今日が最後だ。見慣れた顔がズラリと並ぶ。ある者は俯き、ある者は正面を見据え、そして中には声を殺して涙している者もいる。この地域は田舎だから、ほとんどが小学校――下手すると幼稚園以前からの付き合いだったりする。俺の右隣は、親友の恵介(けいすけ)。卒業後は、親の家業の果樹園を継ぐらしい。いつものおちゃらけた表情は流石になりを潜め、グッと引き結んだ唇が、微かに震えている。左隣は、これも幼馴染みの紗和(さわ)。頭の良い彼女は、4月からこの町を離れて県立大学に通うことが決まっている。普段明るく気の強い彼女は、ジッと壇上を見詰め、潤んだ瞳が決壊しないように堪えているようだ。チラリと落とした視線の先に、袖口を握り締めた彼女の白い手があった。 「只今より――――……式を始めます……」  ピアノの音が止まって、マイクの女性の声が式典の開始を告げる。ややザワついていた館内に、水を打ったような静けさが広がった。
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