天明さんがやって来た!

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天明さんがやって来た!

「すみません!」 入店を求める男性の呼び声が、海の家に響き渡る。 「いらっしゃいませ〜!」 私は豪快な大声で挨拶して近付くが、彼の顔を見て動きを止める。  清潔感に溢れる爽やかな短髪、少しだけ日に焼けているが、贅肉の無い細面な顔立ちの容姿端麗な男性客。  私達はお互いに気まずくなって微笑んだ。  天明さんが私に訊く。 「あれ? 佐々木さん?」 「はい……」 さっきまでのガサツな態度は何処へやら、ぶりっ子を演じて声を黄色くして返事した。天明さんは優しく微笑む。天明さんの笑顔を見ると、胸がキュンとして、彼につられて笑みが零れた。 「此処で働いていたんだね」 「両親の店なんで」 「そうなんだ」 「どうぞ」 私は天明さんを奥の座敷に連れて行った。 「焼きそばとコーラで」 「はい!」  注文を受けた私は早速厨房に入って、天明さんのために鉄板の上で焼きそばを作る。  鉄板の上で麺を菜箸(さいばし)で掻きほぐしながら、私は不思議に思う。  知り合いでも何でもない一般のお客様が相手なら退屈な単純労働でしかないのに、自分が気になっていた男性が相手になると彼のために頑張らなくちゃと思ってしまう。調味料も作り方も全く同じなのに。  紙皿の焼きそばと紙コップのコーラを盆に載せて、天明さんが座に着く机に持っていく。 「はい、どうぞ」 「ありがとう」 礼なんて言わない客が大半だから、ちゃんと礼を言ってくれるのが嬉しい。  だって、少しでも嫌な印象を受ければ、恋の魔法なんて簡単に解けてしまうから。  私はこれを切っ掛けに天明さんと付き合えるなんて期待していない。  ただ、素敵な男性に恋をして、胸をキュンキュンさせる、この恋の楽しい感覚に浸っていたい。  だから天明さんには、この海の家に居る僅かな時間、ほんの十数分で良いから、素敵な男性のままで居て欲しい。  お願いだから幻滅させないで! 私の恋の魔法を解かないで!  私が机に皿とコップを移していると、天明さんが私のハーフアップの頭を見て言った。 「僕がやった髪型から変えてないんだね」 「はい、お気に入りなんです」 私は盆を左腕に抱えながら、右手で自分の髪を触り答えた。  一方、白のTシャツに青のジーンズ、赤いエプロンを着ただけの簡素な今の自分の服装が、気になる男性を前にすると台無しに思える。 (可愛い服で会いたかったなぁ) 実際、天明さんのお店に行った時は、私も気合入れてオシャレして出掛けていた。  自分の服装が気になると、今度は天明さんの服装も気になる。天明さんは白のドレスシャツを着ていて、ボトムスは黒のチノパン。少し細いが鍛えられている胸筋や二の腕、お腹が出ておらず凹んで割れているに違いない硬い腹筋などが服の下から想像出来ると、改めて妄想する。 (カッコいいだろうなぁ) 「どうしたの?」 「えっ!?」 コーラを右手に握りながら、天明さんが可笑しそうに私を見つめる。 「さっきからずっと俺のこと見て」 「はっ! すみません!」 (貴方のことが気になっています) そんな心の内が、付き合う前から相手の男にバレてしまうのは女の子にとって凄く恥ずかしいことである。たぶん、裸を見られるより恥ずかしい。私はすぐ退散しようと思ったが、 「いいよ、ちょっとお話しよう?」 天明さんが私を誘ってきた! 「お話?」 「今忙しい?」 「いいえ」 「じゃあ、ちょっと話そう?」 天明さんは紙コップのコーラを飲み干す。  天明さんは何を考えているの?  私のことが本当に好きなのかな?  それとも私の恋心を利用して遊ぼうとしているの? 「お茶もらえる?」 「はい!」 私は天明さんから紙コップを受け取る際、美しい顔立ちに反して、ボロボロに荒れて傷んだ天明さんの手の甲を見た。
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