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「あー、暑い。僕の夏休みはどこ行った……」
冴えない男子高校生、凸夫(トツヲ)。
コロナ自粛の影響で夏休みもなく、彼はお盆の間も高校へ通う日々を過ごしていた。
蝉時雨の降り注ぐ道を、凸夫はチャリでキコキコ進む。
ボーッとしている凸夫は、自分めがけてトラックがガードレールに突っ込んでも、植木鉢が落下してきても、お婆さんがつまづいた拍子に鎌を振り上げて猪突猛進してきても、いつもと変わらない凡顔で通過する。
そんな無傷の姿を悔しがる者がいるとも知らず……。
帰宅した凸夫は、19:30に就寝した。ベッドにはいつものように、愛猫グレゴリオンが凸夫を退かすようにど真ん中で一緒に眠る。
グレゴリオンの足元で丸くなって眠る凸夫に、異変が起きたのは22時を回った頃だった。ううっと唸る凸夫。金縛りが彼を襲った。黒い影が、グレゴリオンを起こさないように気遣いながら凸夫に近づく。
不穏な笑い声が凸夫の暗い部屋に響いた。
「ふふふふふ。この時間に起きると……その後寝ようと思っても……眠れなくなる………」
ホワイトブーケの香りと共に、ジワジワと忍び寄る暗い影。
えっ待って。何この素敵な香り。怪奇現象ってこんなアロマ撒き散らすの?
理解できない現象に、凸夫が目を見開いた。
「ぎゃあああ!」
「きゃあああ!」
二つの叫び声が、夜空に響いた。
凸夫の上には、ピンクツインテでネコ耳をつけた色白美少女が居た。
かわいい。かなりかわいい。涙目で怨みがましく睨む顔がオニかわいい。
「……もう。ずっと殺そうとしてたのに、気づいてくれないんだもん」
(えっまじで? ごめん……気づいてあげられなくて。ずっと側で命狙っててくれたんだ)※絶賛金縛り中で発声できない
凸夫の全身から汗が噴き出る。
くすんと泣くニャン娘に手を差し伸べたい。だがしかし金縛りは解かれていない。普通この時点で金縛りって解けてない?なんで?金縛りさえ解けていれば、ニーハイから見えている絶対領域にお触りできるチャンスなのに。
色々な思いが凸夫に浮かぶ中、ニャン娘がそれを悟ったようにニヤリと笑った。
「これからも取り憑いてるからニャ」
ニャン娘がスッと消えると、凸夫の金縛りも解けた。筋肉の反動で、凸夫はニャン娘の太ももがあたっていた、自分の脇腹を思い切り掴んだ。
「いっタァ!」
「シャァァア!」
「ごっごめんグレゴリオン!」
グレゴリオンの眠りを妨げた制裁を額に受け、凸夫はそっとベッドから抜け出した。
カーテンを開け夜空を見ると、夏の大三角形が輝いている。
ピンクツインテのニャン娘は夢だったのだろうか。夏休みがない凸夫の為に、神様がくれた夢なのか。……いや、違う。
凸夫は深呼吸をする。グレゴリオンの猫毛と共に鼻腔の奥深くに届いたのは、ホワイトブーケの残り香。
ニャン娘はいた。凸夫の上にちゃんと跨って、金縛りをかけていた……!
「……いゃっほぉう!」
「シャァァア!」
「ごめんグレゴリオン!」
ニャン娘の“中途半端な時間に目覚めて寝不足になる呪い”は、色々な意味(部位?)で凸夫を眠れなくさせた。
これは不幸な呪いなのか。否。平凡な凸夫にとっては、類稀なる幸せな一夏の思い出になったのである……。
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