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「この人、久しぶりに見たなぁ……」
川瀬奏真は現在、三日間の停学処分中である。
趣味も金もない高校生にとって、家は全く楽しいものではない。ただ時間ばかりがあり続けるだけ。気を紛らわせる娯楽はテレビくらいだ。
数人の芸能人がグルメリポーターと笑顔でやりとりしているのを、ただボウと眺める。
それも束の間だった。
玄関からの物音にハッとした奏真がテレビを消し立ち上がるのと同時に、くわえタバコをした無精ひげの男が入ってきた。
母親の内縁の夫である島田邦夫だ。
島田は奏真の顔を見るなり舌打ちし、奏真の華奢な肩を突き飛ばした。踏ん張ることができず、六畳二間を隔てる襖に背中がぶつかる。
ガタッ!
襖が外れる鈍い音。
「呑気なもんだな」
自分のことを棚に上げ、島田は奏真を罵った。
奏真は目を伏せ歯を食いしばる。怒りを感じていたが、歯向かったところでもっと大きな痛みとなって跳ね返ってくることはもう学習していた。
島田は巨体ではないが筋肉質で、盛り上がった太い腕をしている。
対して奏真は、母親に似て小柄で身長もお世辞にも高いとは言えない。色白の肌は太陽の日に当たっても赤くなって元に戻ってしまう。
島田に対抗しようと筋トレに励んでみたこともあったが、体質のせいか二の腕はカチカチとは程遠く、いつまでもムニムニと柔らかいまま。いつしか悪あがきすらやめてしまった。
――俺はなにもしない――
無反応な奏真の頭を、島田は上からバシッと擦るように叩いた。それでも俯いたまま微動だにしない奏真に苛立ったのか、島田は「ケッ。クソガキが」と罵声を浴びせながら襖に寄りかかったままの奏真の肩を掴み、引き倒した。奏真が体を支えようと畳に両手を突いた途端、また平手で頭を叩かれる。
「好き勝手したいなら学校なんか辞めちまえよ。学生がいい気になりやがって」
島田はフンと鼻で笑った。
奏真はそれにも黙って耐えた。
「シケた面してんじゃねーよ。辛気臭ぇ」
ポケットをまさぐり、新たにタバコに火を点ける音がする。
古くて小さな部屋の中を、タバコの臭いが汚染した。元は白かったであろう壁も、うっすらと黄ばんでしまっている。
フーッと、臭い煙が奏真へ吹きつけられた。
次にコツンと頭になにかが当たる。
島田に叩かれ、まだチリチリと痛みの余韻がのこる頭でかるく跳ねコロコロ転がったのは、無造作に潰されたタバコの空箱だった。
なんなんだよ……。
残骸を見つめながら奏真は胸の内で悪態をついた。
潰れたタバコの空箱は、昨日まで一本抜いただけの、ほぼ新品のタバコだった。
全部吸いやがった――。
奏真にとって唯一の証拠品も、これでなくなってしまった。
殴られたことはどうでもいい。これくらいの暴力はとっくに慣れた。在るのはやり場のない憤り。
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