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 島田が現れたのは、奏真が中学二年生の頃だ。  母親の愛人というだけで、多感な時期の少年には十分忌み嫌う理由になる。それに加え、島田は奏真の父とは全く真逆のタイプだった。  奏真が小学四年生の時に亡くなった父親は、優しく穏やかで品があった。  父親がいた頃は母親はいつも家にいて、手作りのおやつを用意して奏真の帰りを待っていてくれた。  そんな母が今では早朝から夕方まで近所のスーパーで働き詰めで、都営アパートの家賃と、三人分の食費と光熱費を稼いでいる。  奏真の教育費は彼の死んだ父親の保険金でまかなわれていたが、それも微々たるものになりつつある。どうしても生活費で取り崩してしまうからだ。  そんな暮らしに、酒、タバコ代はもちろん、パチンコ代を出す余裕などあるわけが無い。  奏真が出会った当初は島田も建築の仕事をしていた。しかし不況で職を解かれてからは仕事を探している素振りさえ見せない。  貧乏なのに……。  ひとり働く母のヒモをしている男に、奏真が常に苛立ちを感じるのも当然のことだった。  いっそのこともっと派手な暴力を受けていればと、奏真はいつも思った。  骨折したり、刃物で切られたり、アザができるほど殴られたりすれば、児童相談所でも、警察にでも奏真は訴えただろう。島田を追い出せるのなら使えるものはなんでも使う。しかし島田の行いはそういった公的な場所に相手にしてもらえない程度のものだった。なにより島田を心の拠り所にしている母から島田を奪うことはできなかった。母が求めるのは父の存在の証である自分ではなく、島田なのだ。  奏真はそんな不甲斐ない己にも嫌気がさしていた。  ごめん、父さん……。  奥歯をギリッと噛み締める。  色褪せた古い畳。  その一点の縫い目を見つめ、奏真は畳に突いていた両手の爪をおもいっきり立て、畳を掻き(むし)るように拳を握った。 「お前見ると気が滅入るんだよ。はぁあ……パチンコでも行ってくるか」  頭をボリボリと掻き嫌味を吐き捨て、島田は部屋を出て行った。外の鉄階段を降りる足音が遠ざかっていく。  島田の気配が消え、奏真は握り締めた拳をゆっくりと開いた。じんわりした痺れとともに、手のひらに血色が戻ってくる。  えぐれたような爪の跡がついた己の手を見つめながら奏真は考えた。  ホントだったら、今頃みんなと一緒に……。  直樹たちの笑顔が浮かぶ。  奏真にとって、高校は救いの場だった。  他の生徒と同じ、普通でいられる唯一の場所であり、穏やかに過ごせる場所。  なのにそれは奪われた。  なにもかも、奏真の目の前に落ちている潰れたタバコのせいだった。
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