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「変装してまで潜り込んでるってことは、不倫調査ね。職員の誰か……それとも患者?」
「守秘義務につき、黙秘します」
興味津々な恵子を、マニュアル通りの窓口スマイルで倫音は軽くいなす。
「そうよねぇ。まぁ、いいわ。私がいる間に何かあれば、協力するから。いつでも声かけてちょうだい……ったぁぁぁい!!」
ヘルニアを患っていることを失念したのか、意気込んで車椅子から立ち上がりかけた恵子は、激痛の走る腰を抑えながらうずくまった。
「お待たせしましたぁ。MRIを撮った後に、お部屋へご案内します……って、袋田さん? 大丈夫ですか!?」
駆けつけた担当看護師は恵子を抱き起こし支えつつも、テンポよく忠告する。
「あ、金属のチェーンベルトは外してくださいね」
「銀歯は?」
「それは構いません」
恵子も恵子で、痛みに唸りながらも溶鉱炉に沈みゆくターミネーターのごとく親指を突き立てると、若い看護師に介助されながら去って行った。
「今の全身バブルな患者さん、お知り合い?」
希少人種を目の当たりにしたかのような眼差しを向け、輝実は尋ねる。
「中学時代の恩師なんです」
頷きに答えた倫音は、心の中でそっと手を合わせた。
━━お気持ちだけ、ありがたく受け取ります。袋田先生、お大事に……。
「ねぇ、天崎さん……」
続いて、輝実が視線を促した先には。『眠れない』と訴えていた老婦人が、うつらうつらと船を漕ぎながら問診票へと突っ伏し、やがてはスヤスヤと寝息を立て始める光景が繰り広げられていた。
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