喋る黒兎ダル

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ふと目が覚めると、まだ馬車の中にいた。 すっかり夕焼けになっている馬車の窓からの景色を、向かいに座るサーシャお祖母様が物憂げに眺めている。 ダルを抱っこしているお腹のあたりがモゾモゾする、ぺったりしていたダルの耳がピョコンと立った。 「よかった。ダル気がついたか!体調は大丈夫?」 「お腹が減ってる時に力を使ってはいけないと学んだウサ」 「そうだね。今後は無理しないでいいからね。」 「僕の言葉に、サーシャお祖母様の前で反応しては変に思われるウサ」 「ミカエル起きたのかい?誰と話してるのかい?」 「あ、いやぁ·····寝言です!(本当にダルの声聞こえてないんだな!)」 「もうすぐ屋敷に着くからね。帰ったらまずお風呂に入ってご飯食べましょうね。あとそれから、さっき早馬で主治医のトム先生に来て貰えるよう頼んでおいたから、診てもらいましょうね」 「医者は大丈夫です!この通り元気ですから!(女だとバレたら困る!)」 「いいえ!診てもらいます!こういうのは早いに越したことないのよ!何かあって手遅れになったら大変よ!あ、屋敷の門が見えてきたわ。ほら、降りる準備はいいわね?」 (私おばあちゃん子だから、ご高齢の女性に弱いんだよなー。親身に強気で言われると、どうにも断れない。困ったな・・・。) 広い庭のある大きな豪邸に到着すると、砂だらけだったせいか、すぐに風呂へと案内された。 大きな湯船でじんわり温まり、ほっとする味のシチューの夕飯を食べるとようやく人心地着いた。 ミカエルの祖父は、だいぶ耳が遠いようで会話が噛み合わなかった。 ミカが「このシチューとても美味しいです」と話しかけたのに対し「そうじゃ、ワシの使獣はもういない。国に仕えていた頃、力を酷使しすぎたからじゃ。可哀想なことをした」と返ってくる始末だ。 ミカエルの部屋に戻ると、ミカは情報収集のために部屋を捜索しながら、ニンジンをたらふく食べてご満悦のダルに話しかけた。 「ダル。これから来るという医者の情報と、2人が死んだ事故の詳細を教えてくれる?」 「あー、トム先生は腕も確かだし、信頼出来る医者ウサ。双子の父親でラビ家当主のジェームズの、高等学校時代からの友人だとも聞いた事があるウサ。事故については、ちょっと話が長くなるウサ」 ダルから事故について聞き、想像以上の内容に背中が冷えた。 事故というより、暗殺であった。 ミカエル、ミッシェル、その父親のラビ家当主ジェームズは、毎年恒例の母親の供養に行くために早朝から船を出した。 この国にはお葬式というものはなく、死後は骨を海に散骨し、命日に船を出して祈りを捧げる風習だという。 ジェームズは船舶免許を持っており、人目をはばからず泣くためなのか3人と使獣3匹だけで行くのがこの日だけは決まりとなっていた。 沖合にでて祈りの言葉を捧げている時に、爆発音がして、船が沈み始めた。 ジェームズは「昨日点検した際には何も不具合はなかったはずだが」と訝しがりながらもすぐに冷静に、泳げないミッシェルと、泳ぐのが苦手なミカエルの2人を緊急用ボートにのせた。 3人乗るには拙いボートだったので、ジェームズは「私は泳ぐのが得意だから大丈夫だ」「泳げるほうがモテるぞミカエル。せっかくの機会だから練習するか」などと軽口叩く余裕さえ、この時はあった。 事態が急変したのは、その後だ。 サメが三匹も突如あらわれ、沈没する船を囲い始めたのだ。 一匹は大型で鼻の頭に傷のあるサメで、もう二匹は少し小ぶりだった。そして何故か三匹とも目が異様に青く光っていた。 ジェームズは沈没する船の上で、襲いくるサメに剣で応戦した。 「海の民の憑依型使獣か!でも何でこんなところに・・・さっきの爆発といい、完全に嵌められた!」 「父上!早くこちらのボートに!」 「いや、こいつらの狙いは私だ!逆に早くボートを漕いで2人はここから離れるんだ!大丈夫!ここの地形なら潮の流れに任せれば海岸にたどり着ける!早く行くんだ!そして絶対このことは誰にも言ってはいけない!父親はただの船の事故で死んだと言うんだ!」 ジェームズは片足をサメに噛みとられ、バランスを崩し血塗れで沈みかけた船の上に倒れ込んだ。 同時にジェームズの使獣の黒兎も他のサメに食いちぎられ絶命した。 「死ぬなんて言わないでください!!僕が今、助けに行きます!!」 ミカエルは服と長剣を脱ぎ捨て、アンダーウェアのみの姿になり、短剣を口にくわえ海に飛び込んだ。あとを追うようにミカエルの使獣ルカも沈みゆく船に跳んだ。 ミッシェルは、目の前の信じ難い残酷な情景にただただ震えて、声も出せずにいた。 父親が頭から喰われ、ミカエルの姿が消え、変わりに鮮血が海を染める光景に悲鳴を上げたのを最期に、ミッシェルの意識が途切れた。 ダルは意識を失ったミッシェルの腕の中で、残酷な現場から一刻も早く離れ、たゆたうボートが岸に流れ着くのを願っていた。ようやく、岸が目に入ったという所でボートが岩礁にあたり転覆し、ダルは溺れて意識を失った。 溺れて死にかけたせいか、ダルはほんの一時だけミカの世界に迷い込んだのだと言う。 「そんな事があったなんて……」 ミカが二の句を告げないでいると、ドアがノックされ侍女が告げた。 「ミカエル様、主治医のトム先生がいらしたのでお通ししても宜しいですか?」 「あー、また今度来てもらうのではダメかな……もう眠りたいし」 「まぁまぁ、そんなつれないこと言わないで」 と言いながら、ヒョロりと背の高い、丸メガネの白衣の男性が部屋に入ってきた。続いて、したり顔のペンギンが白衣の男性の後をペタペタとついてきた。 「主治医のトム先生と、その使獣のペン子だウサ」 「今回は本当に辛い目にあったね。あ、案内してくれた君。もう下がって大丈夫だよ。ミカエル早く寝たいだろうけど、少しだけ診察させておくれ」 ペンギンはトム先生がベッド横の椅子に座り聴診器やらカルテを出している横に立ち、先生の手の動きに合わせて首をヒョコヒョコ上下させている。 「まずは頭を打っていないか調べさせておくれ。それにしても随分思い切って髪を切ったね、ミッシェル」 聴診器の時にどうやって乗り切ろうか考えていたミカは、思わぬ早さでバレたことに動転した。 「ど、どうして……」 「いやぁ、君たち双子の事は生まれた時から診てきたからね。ミッシェルとミカエルの違いは一目見ればわかるよ。どうして君が男装して、ミカエルの振りをしてるか教えておくれ。何か事情があるのだろう?」 (どうしよう……でも、この人すぐにミッシェルだと気づいたのに、侍女の前ではミカエルとして扱ってくれた……人事部にいた頃の勘だがこういう察しが良くて、先ずこちらの言い分を聞こうとしてくれる人は情に厚く信頼出来る。事故のことを話して、敵討ちのためにと言えば分かってくれるかもしれない……) ミカはダルに聞いた事件の内容をトム先生に話し、父と兄を殺した犯人を探すためにミカエルになりすましたと説明した。 ペンギンが神妙な顔で頷いている。 ミカが話終えると、静かに話を聞いていたトム先生が口を開いた。 「そんなことがあったのか……。本当に、本当に辛かったね。ジェームズは『王の耳』として諜報的な役割を担っていて敵も多かったから、暗殺にはいつも気をつけてたよ。『万が一があった時は子供達をよろしく』なんて、冗談で言われた事もあったが……現実のことになってしまうとは……。そうだね。確かに情報を探るにはミカエルに男装した方が動きやすい面はあるだろう。本当にそっくりだから、私以外に見た目で見分けがつく人もいないだろう。王子も君に冷たかったから、婚約を継続しない方がミッシェルにとって幸せなのではないかと心配してもいた。でも……男装するということは王子を騙す事になる。王族に対して偽ることは死罪だってことは知っているよね?」 ダルが心配そうにキョロキョロしている。 ミカは内心『死罪だって!?知らなかった!この国、簡単に人を殺しすぎだろ!』と慌てたが、ここで引き返す訳にはいかないので真剣な表情で答えた。 「はい……知っています」 「よし。そこまで覚悟の上なら、分かった。協力しよう!」 「えっ!」 「そんな大変な目にあったら、今までのミッシェルなら生きる気力を失い、食事も喉を通らなくなるほど衰弱してただろう。でも今、君は生きようとする気力に満ちている。きっと、仇をうちたいという強い目的が君を支えているのだろう。心と体は一体だからね。」 「でも協力してたことがバレたら、トム先生も死罪になってしまうのでは!?」 「大丈夫。私も伊達に長く生きてないから、万一の時も上手く切り抜けられるよ。それに……生前のジェームズから、頼まれてるからね。君が生きるためなら、なんだって協力するよ。」 「あ、ありがとうございます!!」 「確かミカエルの高等学校入学は1ヶ月後だったね。それまでに出来る限りのことをしよう。胸は今回の事故で怪我しているから包帯を巻いている事にしようか。あとで、包帯を沢山郵送するよ。あとは……顔はそっくりとはいえ、もう少し頑丈な体つきになったほうが安心だな。」 「あ、筋トレと走り込みは、毎日しようと思ってます!」 「運動嫌いのミッシェルから、そんな言葉を聞く日が来るとは!本当に、真剣なんだね。筋肉が付きやすいように鶏のささみなどタンパク質が多い食事が治療のために重要だと、家の方には伝えておこう。剣の指導も依頼しておこうか。あとは……学校の検診、怪我した時だな。事故の後遺症があるからとか理由をつけて、主治医しか担当できない事にしておこう。大丈夫、あそこの学園は王族・貴族ばかりだから、そういう特別対応は受け入れてくれるよ。学校で何かあったら、すぐ私を呼んでくれ。」 「本当に何から何まで、ありがとうございます!」 その時、コンコンと部屋の扉がノックされ、侍女がジェームズに、急患がいるので急ぎ戻るよう伝言があった旨を伝えた。 「じゃあ私はもう失礼するよミカエル。今日はゆっくり休んでくれ。疲れていたところに長居して悪かったね。これからも、くれぐれも無理してはいけないよ。あらゆる意味でね。」 と、ウィンクしてトム先生は部屋を出ていった。 その後をペタペタとペンギンが追いかける。ペンギンはなぜか部屋を出る間際、こちらに向き「グエー」とひと声出してから退出した。 「いやーどうなるか、ヒヤヒヤしたウサ」 「あのペンギン最後鳴き声あげてたけど、なんか言ってたの?」 「本当に僕の言葉しか聞こえないんだね『頑張ってね!ワタシも応援してるペン』って言ってたウサ」 「そっか。それにしても、トム先生がいい人で本当に助かった……」 ミカは部屋にある大きな鏡の前に立ち、改めてマジマジと10歳ほど若い新しい自分の体を観察した。明るい紫のツヤツヤした髪の毛に、ハリのある白い肌、少しつり目が気になるが、とても整った中性的な顔立ちをしている。 (トム先生が体と心は一体と言ってたが、本当だな。体が若返ったのに合わせて、この世界に来てから自分の言動が幼くなっている気がする……向こうの世界の私の体は、どうなっているのだろう。和恵ばあちゃんは大丈夫だろうか……) そんなことを考えながら、ダルが先に真ん中を占領している大きなベッドの端っこにミカは潜り込み目を瞑ると、一瞬で意識が遠のき眠りについた。
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