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気づくと私は夏祭りの会場になっている神社の参道に立っていた。
「保坂?」
名前を呼ばれて振り返ると、同じクラスの岬くんが立っていた。
同じクラスと言っても教室の中で話したことはあまりない。挨拶を何回か交わしたことがあるかどうか、くらいだ。
そんな彼の手の中にはすでに大きな綿あめの袋とりんご飴が握られていて、指には水風船が二つもぶら下がっている。
「保坂も来たんだ」
岬くんは私の顔を見て意外そうに笑うと「じゃあちょっと付き合って」と出会ってから一度も返事をしていない私を視線だけで引っ張った。
——付き合うって、何に?どこに?
そう私が聞く前に岬くんは人混みの中を進んでいく。
いつもは広く感じる道路も両側に屋台が並ぶとその幅は半分以下になり、その間を行き来する人の流れに自分の歩くスペースを確保するのは難しい。普段の私ならこの状況を遠目に見て引き返していただろう。
「やっぱ人多いなぁ。あの角のところ抜けたらすぐだから」
岬くんはさりげなく私を振り返り、その度に小さく笑う。
言葉にはしないのに「ちゃんとついて来てる?」そう聞かれている気がして、私は「うん」とだけ小さく返事をして岬くんの黒いサンダルに視線を落とした。
屋台の明るい光から少しだけ離れて、通りを行き交う人たちを私は眺めていた。腰掛けているパイプ椅子は決して座り心地がいいとは言えなかったけど、歩き続けた足の疲れは抜けていく。
「ほい、これは俺からのお礼」
ポタッとスニーカーの上に落ちてきた水滴に顔を上げると、目の前にラムネが差し出されていた。
私が透明の瓶を受け取ると、「いやぁ、マジ助かったわ」と笑いながら岬くんは白いテーブルの上にパックの束を置いた。ふわりとソースのいい匂いがして視線を向けると、たこ焼きとお好み焼きが並んでいた。
「あ、これも食べて」
そう言って今度はベビーカステラの入った紙袋の口を私に向ける。甘く柔らかな香りが鼻に届き、思わず手が伸びた。指先から伝わる柔らかな感触ごと口の中に放り込むと、丸いカステラは温かくてふわふわしていた。
「すごい量だね」
口の中の水分を持っていかれたな、と思いながら私は塊を飲み込む。隣に座ってたこ焼きに爪楊枝を刺していた岬くんが顔を上げ、「な、すごいよな」と笑った。
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