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岬くんは角の屋台の中で待っていた子供に持っていた綿あめとりんご飴を渡すと、今度はその隣の屋台の裏にいた子供たちに水風船を渡した。
頼まれたものを買ってきてあげたのかな?単純にそう思った私に、岬くんは向かいの出店を指差して「あっちにかき氷も頼まれてるんだ」と言うと、今抜けてきたばかりの人混みの中に再び飛び込んでいった。
「え」
何かを尋ねる間もなく、私はその背中を追いかけるしかなかった。
たこ焼きを口に入れ「熱っ」と叫びながらもどうにか飲み込んだ岬くんが話し出す。
「うちも飲食店やってるんだ。俺が小さい頃はお祭りにも出してて。でも俺は留守番でさ。外からは楽しそうな音が聞こえるのに出ちゃダメって。じゃあ一緒に行くってダダこねたら、今度は屋台の中から出るなって。一人で回れるような歳でもなかったから、まぁ当然といえば当然なんだけど。でもやっぱ悔しいし悲しいじゃん?」
岬くんはかつての自分のようにお祭りに来ているのに遊びにいけない子供達に欲しいものを聞いて届ける、という御用聞きのようなことをしていた。
テーブルの上に載っているたくさんの食べ物はその子供たちの親がくれたお礼の品だった。
「本当は一緒に回ってあげたいけど、さすがの俺もちっちゃい子何人も連れては歩けなくて」
「それで御用聞きになったの?」
思わず笑ってしまった私に岬くんは「そう。なんか知らない間に有名になっちゃって。年々注文先が増えてるよ」と困った顔をした。
「だから今日保坂に会えてラッキーだったわ」
ためらうことなくまっすぐ向けられた視線に私はなんと言えばいいのかわからなくて手の中の瓶を見つめる。
「お、そうだ。冷たいうちに飲まないと」
岬くんは自分用にと買っていたラムネの瓶へと手を伸ばし、ピリピリと頭のビニールを剥がした。出てきたプラスチックの玉押しを飲み口に置き、片手で押し込む。カラン、とビー玉の落ちる涼やかな音が、シュワシュワと楽しげで少し怖い音に飲み込まれる。
「え」
思わず顔を上げた私に「え?」と驚いた表情が返ってきた。
岬くんは白い玉押しを持った手をラムネの口から離していた。
「なんで離してるの?」
「なんでって?」
「だって、こぼれちゃう」
「え、そういうものじゃないの?」
パチパチと炭酸の弾ける音と白い泡が瓶の表面を伝って流れていく。
白いテーブルの上には甘い香りの水たまりができていた。
足元に置いていたリュックの中から私は急いでハンカチを取り出す。
水色のハンカチは水分を含むとすぐに濃い青色に変わった。
「言われなかった?途中で手を離したらダメだって」
「そうなの?こうやってこぼれたそばから飲むものだと思ってた」
そう言って岬くんは薄く青いガラスをペロリと舐めた。
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