ラムネ

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ラムネ

 自動ドアを抜けるとエアコンで冷えた肌に生温い風が触れた。吸い込んだ空気には湿気と熱が溶け合っていてカラカラに乾いていた体の中を少しだけ満たしてくれた。ほんの少し体を動かしただけで、参考書とプリントの詰め込まれたリュックの重さがズシリと肩にかかる。  ——第一志望を変えたいです。  そう切り出した私に先生は「どうして?」と言った。  志望校を決めた時は理由なんて聞かれなかった。今度もあっさり終わるだろうと思っていた私は返ってきた言葉にうまく答えることができなかった。  ——行きたい理由がなくなった。  それ以外に答えなんてない。  足元に伸びていた自分の影がゆっくりと消えていき、顔を上げると今出てきたばかりの建物のガラスに空が映っていた。塾の名前に重なった夕日は青みがかった雲の向こうで柔らかな色を放っていた。  ——え、あら、そうなの。彼女?そう、一緒に。  昨夜聞こえた母の弾んだ声が耳の奥で甦る。  電話の向こうの兄の声は聞こえなかったが、母のその相槌だけで会話の中身は容易に想像できた。  就職を機に実家を離れた兄が彼女を連れて帰ってくる。  その意味がわからないほど私はもう子供ではなかった。 「……」  俯きため息をついた私の耳にカラコロと楽しげな音が届く。意識を前に持っていくと、浴衣姿の女性がこちらへと歩いてくるのが見えた。周りを見渡すといつもより人が多い。私は後ろを振り返る。  通りの向こうにひときわ大きな人の流れと並んだ屋台の光が見えた。 「夏祭り……」  口の中で呟いた私の声はすれ違った下駄の音と重なった。
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