手鞠歌

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手鞠歌

 ある閑静な住宅街。長く真っ直ぐな坂の途中に公園。  この公園には近所の子やその親がよく訪れて、鉄棒やらの簡単な遊具で遊んだり、バドミントンぐらいなら二組くらい十分できる広さがあった。  その公園にある日、一人の女の子が現れるようになった。  女の子は小学校の低学年くらいで、真っ黒な髪を長くのばし、前髪をきれいに切りそろえていて、いつもクリーム色の薄手のセーターに鮮やかな赤いスカート、甲の部分にストラップの付いた黒い革靴を履いていた。  この子は、いつも鞠を持って現れる。赤地に金銀青やら緑の糸で見事な刺繍のある美しい鞠を手にしていて、公園に来ると静かに隅の一角に場所を決め、鞠突きを始める。そして、その女の子の鞠つきは大人も子どもも見惚れるくらいにすばらしく美しい。女の子は、なにか小さな聞き取りにくい声で囁くように手鞠歌を歌いながら鞠を突く。そして最後に、ヒョイとクリーム色のセーターの裾を両手で広げて鞠をおなかの辺りに入れて終わる。女の子は、それを何度も繰り返すが、なんとも美しい不思議な声で歌う歌と美しい所作の鞠つきとで、周りの人は、ちっとも飽きずにずっと見ていた。そして、そんな風に小一時間も鞠をつくと女の子は帰って行く。その間、誰と話すわけでも、誰か親のような大人が付き添ってくるわけでもなく、いつも一人だった。 「あれは、どこの女の子だろうねえ」時折周囲の人々は話したけれど誰も少女のことを知らなかった。 「わたしはどこかで見たような気がするんだけれど」そういう大人もいたが、どうにもどこで見たかは思い出せなかった。  女の子がその公園で鞠つきをするようになってしばらくした頃、 「わたしもやりたい」といって鞠を親にねだる女の子が他にも出て来た。  髪の長い女の子が使っているような美しい鞠は無くとも、普通のボールでも鞠つきはできる。ボールを手に入れた女の子が髪の長い女の子のところへ寄って一緒に鞠つきを始めた。すると髪の長い女の子は近寄ってきた女の子に鞠つきを教えてあげる。その教え方がとても上手で、少し一緒にやるとあっという間に同じように鞠がつける様になった。習った女の子は楽しくてずっと鞠つきをしていた。その姿を見て、次々違う女の子達も「わたしもやりたい」と云い出した。  数日後、例の髪の長い女の子が公園に来ると、ほかに5人6人と鞠やらボールを持った女の子が集まって、一緒に鞠つきを始めた。  鞠はそれぞれ皆バラバラだったが、そこで髪の長い女の子はみんなに自分が歌う手鞠歌を教えた。  皆がその歌を覚え、歌いながら鞠をつくと、見事にそろった鞠つきになった。なんとも美しい光景。そして、ずっとなんと云って歌っているのかわからなかった手鞠歌の歌詞が、皆が声を揃えて歌うことで、合唱のようになって、周りの人たちにも初めて、どんな歌かわかるようになった。 ***** あんたのおうち どこにある 坂の途中の 大屋敷 そこにゃ 一人の娘があって 父さん その子は おじゃまでござる じゃから しばって 木につるし ふつか ふたばん ひにさらす お庭の隅に 穴掘って 土かけ 花うえ ちょいとかくす *****  女の子達が集まって楽しげに歌うその歌。  その歌を聴いたとき、一人の女が「ひぃ~」っと声を上げて髪の長い女の子を見た。いつも伏し目がちだった女の子も初めて顔を上げて、声を上げた女を見た。その目はとても悲しそうだった。そして鞠突きの女の子はスッと消えてしまった。  程なくして、坂の途中の家から行方不明になっていた女の子の父親と母親が逮捕された。  父親は今の妻と結婚するために前妻との間にいた女の子を邪魔と思い、新しい妻と共謀して殺害し庭の隅に埋めていたのだということです。
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