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もうすぐ夏が終わる。
「ママ、クロベエが死んでる!!」
翔の叫び声を聞いて慌てて玄関に行く。クロベエは翔の飼っているカブトムシだ。
カブトムシの一生は短く、卵からかえってちょうど一年。夏が終わればその命も尽きる。泣きながら虫かごを抱えている翔を連れて、庭に出た。
「お墓を作りましょう。きちんとお参りしようね」
「ふえっ……クロベエ……」
「ちゃんとお参りしたら、お彼岸の日にこの世に戻ってきてくれるのよ」
「お彼岸って?」
「春と秋に、あの世とこの世がくっつく日なの。虫は小さいから、ほんの小さな通り道からこの世に帰ってこれるのよ」
分かった! そう言うと、翔は涙を拭いてクロベエを庭に埋めた。
そんな翔を見て、素直な良い子に育ったと誇らしく思う。
◆◆◆
そして今年も秋が来る。
仏壇にお線香をあげて、翔と二人で手を合わせた。私もお経など知らないので、本当にただ手を合わせるだけだけれど。
「ママ、クロベエが来た!」
翔の指さす方向を見るけれど、カブトムシの姿はもちろん見えない。
「そう。翔くんのところに来てくれたのね。よかった」
「ママには見えないの?」
「うん。クロベエは翔くんが飼ってたから、ママじゃなくて翔のところに来たのよ」
「クロベエ、これからずっとここにいるの?」
「夜明けにはあの世に帰っちゃうの。でも大丈夫。また来年来るからね」
そう言うと、もう一度二人で手を合わせた。今日はここで寝よう。翔もクロベエのそばに居たいだろう。
布団を敷いて翔を寝かしつけながら、仏壇とは反対側のほうをゆっくりと眺める。
布団の周りに弧を描くようにひしめく虫、虫、虫。
畳の上を歩くカブトムシがいるが、あれはクロベエじゃない。私は飼っていた虫に名前は付けなかった。
モンシロチョウは幼稚園の時か。一、二、三……白い蝶は夜にはよく目立つ。ナミアゲハ、キアゲハ、ツマグロヒョウモン。無数の蝶が部屋の端を飛び回っている。セミが数十匹もふすまに止まっていた。大きいセミ、小さいセミ、種類はよく分からない。こんなにたくさんいるのに静かなのは奇妙な感じがする。
カマキリは大好きな虫だが、よく見れば1センチくらいの小さいものが多い。学校からの帰り道、卵を見付けて持って帰っていたけれど、孵化して数日で数を減らしてしまうから。
蛾はそんなに好きではなかったけれど、緑色の羽が美しいオオミズアオを見付けた時は嬉しかった。一匹しかいない。
クワガタはコクワガタが多い。本当は大きなヒラタとかが欲しかった。
アリが行列を作って歩いている。何でアリを飼おうと思ったんだっけ。そうだ。巣作りが面白かったんだ。
カミキリムシは模様が美しい。地味な色のものもあるけれど、ルリボシカミキリは宝石のような青い色で、特別好きだった。
線香の煙が嫌なのか、虫たちはこちらに近寄ってこない。
なので私は、布団の中からゆっくり眺めることができる。
何百もの小さな虫たちが私を見ている。
鈴虫もいっぱい畳の上をうごめいているけれど、リーンという声は窓の外からしか聞こえない。
ああ、私は1年でこの日が一番好きだ。
虫は本当に美しい。
「ねえ翔くん、来年はヘラクレスを飼おうか」
「ヘラクレスオオカブト?」
「そう。そうしたら秋にはヘラクレスがこうして会いに来てくれるわよ」
「ほんと?」
「もちろん。だってお彼岸だもの」
この中にヘラクレスが混じったら、きっと素晴らしいだろう。翔だけじゃなくて、私のためのヘラクレスも買ってこよう。
うごめく虫たちに囲まれて、私は幸せな気持ちで目を閉じた。
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