第十一話 羅城門の従者④

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第十一話 羅城門の従者④

 咄嗟(とっさ)に鬼達の事を誰かに知られてはいけないと感じ、強い口調で遮ってしまったくるみは二人の視線に気付き、少し緊張したように肩を竦めて、取り繕うように笑って言った。 「叔父さんが、また怖い話し始めるから吃驚しちゃったよ、もう。あ、うちのお店はそう言う怖い噂とかないですよ! 最近、保護団体から猫ちゃんを保護して、それでお客さんが集まるようになったんです」 「あ、あぁ、そうだったね。くるみちゃんが、保護猫を引き取ったんだよね。漣って名前なんですけど、可愛くて……Cafe『妖』の招き猫みたいになっているんですよ」  くるみの笑顔に、叔父は合わせるように笑って答えた。どうやら自分が何を口走ったのか覚えていない様子で、樹にマイナスな印象を与えて居ないだろうかと額の汗をハンカチで拭いていた。  樹は、にっこりと微笑むと何事も無かったように指を組んだまま会話を続ける。 「――――動物は良いですね。私も実家でドーベルマンを飼ってまして。忠実で賢いんですよ。今は猫ブームですから、ぜひ可愛らしい猫ちゃんを取材させて頂きたいですね。神代さんの都合の良い時に伺わせて頂きたいのですが」 「そ、そうですか。それなら月曜日が定休日になっていますので、来週の月曜日でも良いですか?」 「構いません。十分間に合いますので」  先程の質問は幻聴だったのか、と思ってしまうほど、樹は何事も無かったかのように撮影に関する打ち合わせをする。源樹は洗練された都会のインテリなイケメンと言う風貌で、物腰は柔らかく丁寧で優しいのに、どこか居心地の悪さを感じる冷たい目をしている。 (――――取材して貰うのに、こんな事を思うのは失礼だけど、私……この人、少し苦手かも)  初対面の源樹(みなもといつき)に何故こんな事を感じるのか不思議だが、本能的に鳥肌が立ってしまう。どちらにせよ、月曜日の取材さえ終わって店の事が記事になれば、樹とはそれまでの付き合いだ。  取材の日時と、おおまかな流れを、雑談混じりに和やかに、分かりやすく説明されると打ち合わせが終わった。 「いやぁ、源さんお若いのに凄いなぁ。僕も頑張らなくちゃなぁ、と喝を入れられたような気持ちになりました。そう言えば気になっていたんですが、源財閥は源氏と何か関係があるんですか?」  くるみとは対照的に、すっかり樹を気に入った叔父が話しかけると少し困ったような表情で照れながら樹は頬を掻いた。 「ええ、実は……どうやら家系を辿ると、源氏にたどり着くようです。と言っても、頼朝の血筋では無く、頼光の方だとか。私はあまり歴史に興味が無くて、それ位しか先祖の事は知りませんが……」 「へぇ、そりゃ凄い!」 「叔父さん、質問攻めにしたら源さんに失礼だよ。打ち合わせも終わったし、槐達が心配だから、そろそろ帰ろう?」  叔父は話好きで、気の合う人と盛り上がるとずっと話し続けてしまう。そろそろ、お店の番を頼んでいる槐が心配だ。それに、まだ雅が残っているなら色々と仕事の説明をしたい。腕時計をチラリた気にした樹を合図に、くるみが言うと、叔父がようやく気付いたように自分の腕時計を見た。 「長話しちゃったな。すみません、お忙しいのに長々と引き止めてしまって。くるみちゃんもごめんね、店に帰ろう」 「いえ、構いませんよ。私は残りの資料に目を通すだけなので。楽しくお話できて良かったです、秋本さん。ここは私が支払っておきますので、また月曜日にお会いしましょう」  それは申し訳無いので、お気遣い無くという押し問答を何度かして最終的に叔父とくるみは根負けすると握手をして頭を下げた。そして彼を残して立ち去ろうとした時、くるみは呼びかけられ振り返った。 「神代さん、宜しければイラストの方も記事で使いたいので、月曜日に何点か見させて頂いてもよろしいですか?」 「ほ、本当ですか!? ありがとうございますっ」  源樹は、冷たい人のように思えたがイラストや絵本もWEB記事に載せてくれると言うなら、宣伝にもなるし、どこかの出版社からお声をかけて貰えるかも知れない。改めて樹にお礼をすると、二人はカフェから出て、残暑が残る夕暮れ時の道を並んで歩いていた。こんな風に二人で、歩くのは子供の時以来だろうか。 「源さん、気さくな方で良かったよ。くるみちゃん、もし結婚を考える事があるなら、ああ言う、気遣いも仕事も出来る良い男を選んだほうがいいぞ。僕みたいなの選んだら大変だからねぇ」 「叔父さん何言ってるの、叔父さんは仕事も気遣いも出来てるじゃない。私にはああ言う、由緒ある家柄のエリートなんて苦手だし、不釣り合いかな。それに……」  何故だか一瞬、槐の顔が浮かんだ。もし素直に槐の気持ちを受け入れたら、鬼と結婚する事になるのだろうか。槐は少し強引だけど、面倒見もよく優しいので、良い旦那さんになるかも知れない。色々と想像すると、みるみるうちに顔が熱くなってきた。 「それに、なんだい? くるみちゃん、好きな人でもいるのかな?」 「う、ううん、別にっ! 早く帰ろう。もう少ししたら閉店の作業だよ」  赤面するくるみに、叔父がからかうように問うとくるみは更に林檎のように赤くなって、ずんずんと畦道を歩いた。 ✤✤✤  樹は、二人を見送るとカフェを後にし、高級ホテルに戻ってPCを立ち上げた。小さなこの町のマップを開くとそこには旅館やホテル、レストラン、カフェの他に、開発予定に入っている住宅地などが記載されていた。  それぞれどの人物がその場所を管理されているか、老若男女問わず顔写真が載せられている。その下には細かく文字が書き込まれていた。  樹は眼鏡を上げながら、Cafe『妖』をクリックすると秋本の隣に写っているくるみを、クローズアップさせる。 「この町は随分と豊作だと思っていたが、俺の予想以上だな。あれが空蝉の姫か……俺の術を簡単に破るとはな」  鬼を探すのに、都会ならば雑踏の中でいくらでもその姿を見破れるが、人口の少ない田舎町では闇雲に探すより、人が訪れる事の多い観光地やカフェ、旅館などのオーナーや従業員に聞き込みをする方が情報を入手しやすい。  自然の中で生息する鬼もいれば、人の記憶を変えて、人としてなりすまし生きる者もいる。それらを炙り出す為に、意図的に消去されたり、移植された記憶が無いか頭の中をかき混ぜる。少々相手に負担は掛かるが何か引っかかりがあれば、まるで自白剤を使われたかのようにペラペラと話し始めてぐったりとする。  元々、鬼を観光名所にしていた土地柄なので他の地域に比べ、倍以上の情報を得る事ができた。先程のCafe『妖』の秋山と神代くるみがこの地域のラストターゲットだった。秋山が話し始めた時、今日の最後の仕事も、黒星に終わり、部下の渡辺と高級料亭でも行こうかと考えていた樹だが、思いもよらない出来事が起こった。 『何も無いです!』  くるみが、そう声を上げた瞬間、術の全が断ち切られ無効になってしまった。何度か彼女に試そうとしたが(ことごと)く跳ね返された。こんな事は生まれて初めてだったが、父から聞かされていた事がある。  鬼の存在を感知でき、鬼の術どころか我々の術も跳ね返す存在『空蝉の姫』だ。空蝉(うつせ)、すなわち古語の現人(うつしおみ)からきている。この世の、現世に生きている彼女達を鬼たちが想って姫と名付けた。  憎しみや、怒り、悲しみ、呪いの成れの果てに物の怪になった鬼達にとって空蝉の姫は厄介者でもあり、また唯一(いつわり)が使えない相手だ。彼女達の前に立つとどんな鬼も人の心が蘇るという。  コール音がして樹が繋ぐと、画面に忠実な部下の姿が映し出された。樹は煙草に火を付けると椅子に深く座り煙を吐いた。 『――――樹様。空蝉の姫とは本当ですか?』 「ああ。本物の空蝉の姫だ。渡辺、お前のご先祖も大喜びするだろう。空蝉の姫に遭遇するなんて、曽祖父さんの八十年の人生の中で、一回きりだったからな」 『前回は、残念ながら捕まえる事が出来なかったようですが、樹様は優秀ですから心配ございませんね』    ルームサービスに頼んだワインを注ぎながら樹は笑う。   「当然だ。俺が今まで失敗したことがあるか? 空蝉の姫は(みなもと)一族で管理する。鬼をおびき寄せる為に使うか、俺の子を産ませて源氏とのハイブリットを作るか……。それとも源一族のみに忠誠を尽くす鬼を産ませるか。まぁ、使い勝手の良い姫君だ」 『――――それで、どうなさいますか?』 「そう焦るな、渡辺。月曜日までに開発地周辺の鬼を狩るぞ。あいつ等がいると、工事がままならなくなる。ようやく地域住民を抑えつけ、厄介な奴等は立ち退かせたんだ。一気に片を付けるぞ。ああ、それから使えそうな(ヤツ)は捕獲しておけ。神代くるみの方には(ぬえ)を見張りにつけろ」  渡辺は画面越しに戸惑うようにしながら、樹に問い掛けた。 『鵺は、その、少し呆けた性格ですが、宜しいのですか?」 「構わん。万が一失敗したら俺が殺す。まぁ、空蝉の姫の周囲に鬼がいるならば、問答無用で消されるだろうがな」
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