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第十七話 夜を駆ける者②
この鵺をどうするべきか、意見がわかれたが、最終的な決定権はCafe『妖』の店長代理のくるみに委ねられた。
くるみとしては、空腹を訴えて倒れた相手を、無下にする事はできないと判断してお店に入れる事にしたが、槐と雅の要望で意識を取り戻した瞬間、襲ってこないよう椅子に座らせ紐で縛る事が条件だった。
「確かにこの鬼はちょっと怪しいけど、さすがに可哀想じゃないかな?」
「のう、くるみ……心優しい所は愛しいが、お前は俺たちに慣れすぎて、少々『空蝉の姫』としての自覚が薄れてるぞ」
槐は腕を組んで、呆れたように溜息を付いて釘を刺した。漣は興味深そうに鼻をヒクヒクさせて気を失っている鵺を覗きこむ。
雅は、サラッと惚気る槐を呆れたように見ながら溜息を付くと言った。
「鵺なんてやつ、初めて見たな……。名前は聞いた事はあるけどさ」
「お前も、鳴き声くらいは聞いた事があるでしょう。最も平安時代に比べて随分と数が減った種類の妖怪ではありますが」
雅も、主君と同じく腕を組みながら鵺を見ていた。くるみはとりあえず、槐と共に皆の晩ごはんと彼の分を用意した。空腹で倒れ込む人を初めて見たので、いったいどう対応して良いかわからなかったが、カウンターから椅子を持ってくるとそこにお膳を乗せる。
根菜の煮物、サワラの味噌漬け、かぼちゃの胡麻和えにご飯だ。
良い香りがすると項垂れていた鵺の鼻が、ヒクヒクと動きだして薄っすらと目を開けると顔を上げた。
先程以上に大きなお腹の虫が鳴り響く。
「いい香り〜〜〜〜お腹すいた〜〜〜〜。あ、あれ、ええ〜〜、ここって〜〜〜〜??」
発せられる言葉は焦りを感じさせるが、独特なゆっくりなトーンのせいで、全く緊迫感が無い。尻尾の蛇の方も心なしか動揺して青ざめているようだ。
「意識が戻ったか、小僧。お前はくるみの気配を追ってきたのか?」
「正体を隠した所で意味はありませんよ。その蛇の尻尾を持つ者は、お前達の一族しかいませんからね……鵺。古来より鵺は、屋根の上で不気味に鳴いて人の恐怖を与える鬼です。……まぁ、今となっては化け学とやらが進歩して、人間もそう簡単に怖がらなくなってしまいましたが」
「えっ! じゃあここ最近ずっと屋根の上にいたってことか。くるみに危害を加えようっていうなら、俺が許さないからな!」
鵺は、三人に言葉を投げかけられアワアワと慌てふためいていたが、あまりの空腹にへばっている様子が見てとれて、く段々とくるみは彼の事が気の毒に感じられた。
「みんなちょっと落ち着こ。お腹が空いてたら答えたくても頭が回らないよ。ご飯食べさせてあげよう」
持ち前のマイペースさで、くるみはそう言うと、縛られた鵺にご飯を食べさせてあげる事にした。ふと、首元に絡み付いた鎖が目に入って、不審そうにしながら首を傾げるとお箸を掴む。
「ふむ、そうだな……餌付けしてからという手もあるのう、さすが俺のくるみだ」
「いちいち、この娘を絡めないといけないのですか、まったく。軟弱者と思われますよ朱点童子様。――――しっかりなさって下さい」
一瞬、鵺がピクリと顔をあげたがくるみの箸が口元までくると、反射的にそれを食べた。
空腹が満たされ、あまりの美味しさに鵺は表情を緩めて感嘆の声を上げた。尻尾の蛇がゆらゆらと物欲しそうに揺れていた。
「お〜〜い〜〜し〜〜い〜〜! くるみちゃん優しい〜〜〜〜もぐもぐ、ありがと〜〜」
「それなら良かったです。槐の腕前は職人だからね。あ、かぼちゃの胡麻和えは私が作ったけど……この子は何を食べるの?」
「その蛇にはゆで卵がいいだろうな」
槐のアドバイスを聞いて、ゆで卵を指で掴むと蛇の口元に寄せた。パクっと食い付いてごくりと飲み込むと、どことなく上機嫌な表情を浮かべているように見えた。
✤✤✤
「――――それで貴方が誰なのか、どうして店の前に落ちてきたのか教えてくれないかな?」
食事を終えて、満足した様子の鵺の縄を解いた槐が念の為に側に立つと、正面のくるみが威圧感を与えないように注意をしながら問いただした。
手首を抑えながら鵺は頬をかいた。
「僕は〜〜鵺。生まれた時から〜〜その名前だから〜〜。うーーーーん。他の名前で呼ばれたことなんて〜〜〜ないよ〜〜〜」
ゆっくりと話しながらニコニコと微笑んだ。どうやら彼には名前が無く、種族としての名前でしか呼ばれた事が無いようだ。そうなると同じ仲間同士混乱をするのでは無いかと、くるみは思って首を傾げる。
「そ、そうなの。でも鵺って『人間』と同じ事だし………、同じ仲間とお話する時とか困らないの?」
鵺は不思議そうにして首を傾げると、椅子の上で胡座をかきながら言う。
「他の仲間は〜〜見た事ないから〜〜わからないよ〜〜。母さんがいたけど〜〜死んじゃったから〜〜。えーーーーと……。ええーーーと……ずっと屋根で、くるみちゃんのこと見てたら〜〜ご飯食べるの忘れてて〜〜」
やっぱり変態だ! っと漣が爪を出してシャーッと飛びかかりそうになるのを首根っこを掴んだ雅が言う。
「空蝉の姫とわかって監視をしていたと言う事ですか? それとも源樹に監視を命じられたとか?」
わかりやすい位に、鵺の体が大きく震えて硬直する。密偵にしてはあまりにもお粗末過ぎるし、こちらが心配になってしまう位だ。
ガチガチに硬直した鵺を見下ろした槐が言う。
「鵺っていう種族は、夜を駆ける者と呼ばれていて陰陽師や、武将に式神として使役されると聞いた事があるのう。くるみがわかりやすいように簡単に言うと、『ニンジャ』や『すぱい』みたいなやつ」
「えっと……つまり、鵺さんは源さんの監視役で私を監視するためにずっと屋根にいてお腹減りすぎて落ちちゃったってこと?」
鵺は完全に石みたいになっていて、無言のまま汗をかいている。否定も肯定もしないところを見ると、根は悪い妖怪ではないのだろうか。
「……………どうなんだよ。言わないとこの蛇の喉に牙を立てるぞ」
漣が、金色の瞳を三日月のように細めて猫又の鋭い牙を見せると、ついに鵺は観念するように頭を抱えて震えた。
「それは〜〜やめて〜〜。失敗したら〜〜樹さまに〜〜童子切安綱で斬られちゃう〜〜、あっ………」
四人は、互いの顔を見合わせるどうしたものかと、鵺を見つめた。彼が源樹の監視役であることは明白だ。どこまで彼に報告したかは分からないが、このまま返す訳にはいかない。
しかし、失敗すれば源樹は彼を始末するという。
「のう、鵺。俺の名前を聞いた時に反応していたな。樹から何か聞いているのか?」
「ううん……樹様は〜〜まだ知らないよ〜〜。朱点童子なんて〜〜滅びたと思ってるから〜〜でも……僕は母さんと一緒に、貴方を遠くから見たし〜〜頼光様からも聞かされてたよ〜〜」
鵺の話はこうだ。
源頼光は様々な鬼を退治してきた。その中で鵺もまた同じように狩られる対象だった。
のちに、子孫の頼政が鵺退治で有名になるより以前に、鵺の母はどうやら身籠ってから、ろくに働かない夫からの仕打ちに耐えかね鵺になったのだと言う。
帝の御所の上で鳴き、弓で射られて童子切安綱で首を斬り落とされた。
血まみれの体の下から怯えたように這い出てきた鵺を、殺そうとした四天王を制して頼光は情けをかけた。
鬼と言えど子供。
母を討ってしまったのは心苦しい。
自分の元で人を助けるなら、命だけは助けてやろう、と。
「頼光が死んでも、子孫の手助けをしていたのですか? 馬鹿な……とっとと逃げればいい。母の敵でしょう」
「ん〜〜〜〜、子孫が絶えるまで〜〜だし。悪い妖怪を倒したり〜〜人助けは〜〜嫌いじゃないよーー。それに」
鵺は、首に絡まった鎖に触れた。逃げ出そうとしたり、裏切ったり悪い事を考えると締め付けられるという。まるで西遊記に出てくる孫悟空のようだ。確かに鬼は悪事を働くし、時には命までも取られる事もあるのだろうから、そう言った悪い鬼達が討伐されるのは仕方がないと言える。
だが、くるみのもやもやとした気持ちは晴れなかった。
人助けは素晴らしいけれど、まるで奴隷のような扱いに気分が悪くなった。
「その鎖、外したり出来ないの? 槐」
「おいおい、頼光に負けた俺に言うのか? 奴の霊力は下手な陰陽師よりも勝っていたぞ」
くるみに話を振られて、槐は肩を竦めた。溜息を吐いて鎖を指先に触れようとすると反応するかのように、青白く輝き始めて手を引っ込めた。
「人助けはやってくれて構わないけど、逃げ出そうって思うって事は、嫌なこともあるって事なんだよね。私は……こうやって鎖に繋いだりする方法は好きじゃないな」
くるみはそう言うと無意識に鵺の鎖に触れた。その瞬間、鎖に亀裂が入りガチャンと床に滑り落ちる。
「え?」
「ん?」
「は?」
「にゃっ?」
「あ〜〜? 鎖が〜〜?」
その場にいる皆が思わず声を上げた。人間のくるみが触っても何も起きないだろうと思われたが、指先が触れた瞬間に効力を失い劣化した鎖が耐えきれなくなったかのように切れた。
「えっ、ど、どういう事!? 私なんにもしてないよ」
「――――くるみ、空蝉の姫の力かも知れんぞ。お前が触れたから封印が解かれた。再会した時に告げたな、空蝉の姫には術は効かぬと」
「はて、我々の術だけかと思っていましたが……まさか、源氏の封印まで破るとは」
槐は腕を組みながらにこやかに微笑み、雅は思案するように自分の顎を掴んだ。漣は頭の上にはてなマークが飛び交い、鵺は自由になった首をゴキゴキ動かして喜んでいる。
「スースーするけど〜〜〜〜動きやすい〜〜〜〜空蝉の姫、ありがと〜〜〜〜僕の恩人だ〜〜〜〜」
頬を染めて大喜びした鵺は、くるみをぎゅっと抱きしめた。悲鳴を上げそうになった瞬間凄い勢いで槐に引き離された。
「調子に乗るな、小僧」
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