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第十九話 空蝉姫の秘密①
槐よりも先に起きたくるみは、シャワーに入りタオルで髪をふくと欠伸をしながら居間に入った。
「あ、あれ? 漣ちゃんと鵺さん……、一緒に寝てたの?」
寝転がる漣の隣にすやすやと鵺が寝ていた姿を見て、くるみは目を丸くした。離れの家も掃除をして管理しているつもりだが、何か不便な事でもあったのだろうか。
猫姿の漣はイカ耳にすると、なんとも不機嫌そうな表情で遠くを見ていたが、くるみが起きてくると、バッと体を起こして甘えた声をあげながら足元にすり寄った。
「くるみ〜〜! おはよっ。違うんだってば。俺が寝てたらこいつが、猫ちゃーんって言ってくっついて離れないんだよ。俺は面倒見てやっただけ」
二本の尻尾をブンブン振りながら怒る漣を抱き上げると、ふぁーと大きな欠伸をして目を擦る鵺が体をゆっくりと起こした。
寝癖の酷い鵺は、ほんやりと寝ぼけ眼のまま、くるみに笑いかけた。
「くるみちゃ〜〜ん。おはよ〜〜ございます。猫又ちゃん、モフモフしてたんだ〜〜おなかすいた〜〜」
「漣ちゃん、鵺さんおはよう。と言うか鵺さん……離れのお部屋、居心地悪かったの?」
くるみが鵺に問いただすと、目を丸くして頭をふるふると振った。くるみに抱かれた漣は呆れたような表情で昨晩の出来事を話し始めた。
「こいつ、妖怪のくせに一人で大きな家にいるのが怖いって言うんだよ。お前が怖がられる存在だっつーの」
にゃーー! と舌を出す漣を撫でるとゆっくりと畳に彼を降ろした。お風呂に入りながら源樹のメールにどう返信するか悩んでいたが、こんな平和でのんびりとした空間にいると危機が迫っている事を忘れてしまいそうになる。
「朝ごはん作ろうか。昨日の残りがあるから今日はご飯にしようかな。漣ちゃんは極上かつお節猫缶? それとも私達とご飯する?」
「ん、今日はくるみ達と一緒にご飯にする」
漣は人間の姿になると、鵺はくるみを手伝うと言って目を輝かせた。何となく鵺はお皿持ったまま転びそうな気がしたので、後片付けだけを手伝って貰うことにする。
そんなやり取りをしていると店の呼び鈴がなって誰かが入ってくる気配がした。
「叔父さんかな? こんな早くにどうしたんだろう……あれ? 茨木くん?」
シフトに多く入る茨木は、店の合鍵を持っているのだが、今日の出勤時間には随分と早い。声をかけられ、ふとお風呂上がりのノーブラ生足ショートパンツのくるみを見ると真っ赤になって顔を背けた。
「なっ……! 何という格好悪してるんですか、最近の人間の女はみんなこうだ。ちゃんと服を着て下さい!」
「あ、ご、ご、ごめんなさい」
くるみは思わず反射的に謝ったが、夏場はショートパンツだし、そもそもこの家は自分の住居なんだけど、と心の中で雅にツッコミを入れつつ、真っ赤になって顔を背ける彼に問い掛けた。
「茨木くん、どうしてこんな早くにお店にきたの? シフトは早番だけど……何かあった?」
「朱点童子様に呼ばれたのですよ。出勤の日は毎朝一緒に朝ごはん食べるようにとね、全く……朱点童子様は一体どこに?」
(なるほど、それで素直に来たんだ。駅前からお店まで結構距離あるのに、きちんと言いつけ守ってるんだなぁ)
何となく雅が可愛く思えて、くるみはにっこりと笑った。とりあえずくるみを意識しすぎて固まっている雅の為に、素早く部屋で着替えて朝ごはんの用意に取り掛かる事にした。
「まだ寝てるよ、槐は早起き苦手だから……着替えてくるついでに起こしてくるね」
✤✤✤
賑やかな食卓に仕事行きの『従兄弟』姿になった槐がようやく席についた。夕飯は作ってくれる事も多いが、どうしても寝起きが悪い槐の目は半開きになって死んでいる。
鬼と言っても、人間だった時の習性は残っているようだ。
「朝ごはんもおいしい〜〜! もぐもぐ、しあわせ〜〜もぐもぐ」
「のう、鵺。お前は飯を食うときだけは動きが早くなるんだな。食った分はきちんと働けよ」
「茨木のおじさんと鵺が増えて、俺とくるみの朝のお楽しみモフモフ時間が減るのは解せない……」
「私も朝の優雅な珈琲時間を削ってここに早朝きてるんですが?」
食卓は賑やかで明るい。
まるで一つの家族のように暖かった。
東京の実家にいた時は、家族でご飯を食べる事も少なくすれ違いの毎日だった。祖父母の実家に越してきた当日、無事に着いたというメッセージを送っても、母からはスタンプ一つつけられただけでそれ以降連絡はない。
試しにWEB記事を送ってみようかと思ったが、その後の薄い反応は想像できてしまって勇気が出なかった。
両親と仲が極端に悪いわけじゃない、進路を巡って昔ほど喧嘩もしなくなったが、二人との間には透明な壁を感じてしまう。成人になってからは余計にそれが感じられ、家族なのに他人のように思えていた。
「くるみ、どうしたんだ? 何か心配事でもあるのかのう」
考え込むようにして箸が止まったくるみに、槐が心配そうに声を掛けた。顔をあげると慌てたように頭を振った。
優しい槐の顔を見ると、安心感がこみ上げる。槐の言葉に反応するかのように、漣と鵺がじっとこちらを見つめ、雅さえもこちらをちらりと見て味噌汁を飲んでいた。
(私……源さんのメールの事を、みんなに相談しなくていいの? こんなに心配してくれている妖怪達に黙って行動していいのかな)
みんなの事は、心配だったが嘘をついて源樹に会う事に罪悪感を感じた。もしかしたら叱られるかもしれないが、きちんと相談して方が良いだろう。
「ねぇ、みんなに聞いてほしい事があるの。実は……源さんからメールが来たんだ」
一瞬静まりかえって、くるみは心臓が早鐘のように鳴り響くのを感じた。源樹から個人用のメールを交換して、二人でやり取りをしていたことを黙っていたのだから罪悪感はある。
妖怪達にとって、源一門は天敵であるというのは、くるみも良くわかっていた。
「それで、どういう内容だったのだ?」
「……うん。実はあの取材があった日、個人用のメールを教えて貰ったの。空蝉の姫について代々源家が受け継いだ秘密があるから聞かせてやる、内密に二人で逢わないかと言われたんだ」
「ええっ、なにそれ! そんなの罠に決まってるよくるみ」
槐に静かにうながされ、くるみは話し始めた。漣が乗り出すように言うと、鵺が頬についた米粒を食べると言う。
「んん〜〜でも〜〜お屋敷にはいろんな巻物があったよ〜〜。妖怪の事も〜〜書いてるらしくて〜〜たぶん、空蝉姫のことも〜〜書いてると思うよ〜〜」
「古い家系ですから何かしら資料が残ってても不思議では無いですね。いずれにせよ、源樹が何かしら企んでいそうな気がしますが。貴女はどう答えたんですか」
くるみは、箸を置くとみんなの顔を見た。
「本当は、源さんがどこまで私達の情報を掴んでいるか知りたくて一人で会おうかなと思ってたんだ。でも、鵺さんが私達の所に来てくれたから……それに」
「――――くるみが、それを話してくれたって事は俺達を本当に信頼してくれた証拠よの。俺達に黙って、源樹に助けを求める事だってできただろう。無論、そんな事をくるみが思ってないのは理解しておるぞ」
そう言うと、槐はくるみの手を優しく握った。樹に助けを求めると言う事は一度も考えた事は無かったが、相談せずに突っ走る事をしなかったのは、彼等を本当の意味で信頼したからなのかも知れない。
Cafe『妖』の鬼達はみんな、くるみにとって家族や友達のような存在なんだと思えた。
「まだ〜〜僕は樹様に報告してないよ〜〜、このお店に何人いるかは言ったけど〜〜どんな鬼なのか探る前に〜〜ペコペコで倒れちゃったから〜〜」
「なるほど。まだ源樹は完全に把握できてないみたいですね。しかし、この喫茶店が標的にされている事には変わりありませんし、空蝉の姫と接触したがるのも謎です」
取材の終わりで垣間見えた源樹の性格からして、簡単に彼らの事を諦めてくれるような人物ではない事はくるみも良くわかっていた。
いずれ、あちらから何か仕掛けてくるに違いない。ましてや、樹は大企業の御曹司で、現実的に圧力をかけてくる可能性もある。
「私、ひとまず源さんに会ってみようと思う。だってこのままお店で普通に働いてても、いつどこで攻撃されるか分からないの、怖すぎだよ。だったら、自分たちから動きたい。私はこのお店が好きだし、みんなが好きだし……大事だから」
くるみがそう言うと、それぞれ照れくさそうに見合わせた。槐が咳払いをするとくるみの手を握った。
「危険は承知だな……? ならば、俺達も考えよう。源樹は鵺がこっち側になってる事も知らないんだから不利な状況ばかりじゃない」
「そうだな、へーアン時代と違って今は現代だよ。鬼が少なくなってる分、あいつだって頼光の時代の源氏とは違うと思う」
「まぁ、童子切安綱が手元にある以上油断は禁物ですが。戦略を練りましょう……今日はもう休店日ですね」
「あ〜〜、僕も練る練る〜〜!」
槐がくるみの手を握って前に差し出すと、円陣を組むように漣と鵺が手を重ねた。そして渋々といった感じで、雅がその上に手を重ねたのだった。
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