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十河櫻子
楓が大勢の生徒たちがいる人混みのなかで姿を消してから十ニ年の星霜が積み重なっても,学校の最寄駅には相変わらず楓の美しい写真と警察の連絡先が記されたポスターが貼られていた。
夏になると山から吹き降ろす風に混じった土の匂いや草木の匂いが町を包み込み,生暖かく湿った風が肌にまとわりついて駅にいる生徒たちを不快にした。
学校の職員たちは,楓が消えた日も同じような風が吹いていたことを覚えている者が多く,この季節になると嫌でも楓が消えた日のことを思い出し,無意識のうちに視界の端で楓を探した。
駅以外にも郵便局や公民館などの掲示板に楓のポスターが貼られていて,何年経っても楓の失踪は地元では誰もが知るニュースで,何も知らない子供たちは楓の写真を見てはその美しさに心を奪われた。
そして楓が在籍した学校に通う生徒たちにとっても先輩である楓の失踪は古い学校にはつきものの「学校の怪談」のひとつとして語り継がれ,美しい容姿の楓の霊が校内を彷徨うと,その場に綺麗な華が咲くと噂された。
十河には華がある……この土地に住む者たちにとっては昔から伝わる言葉だが,その理由を知る者は十河本家の一部にしかいなかった。
十河櫻子が家族の反対を押し切って親戚の楓と同じ高校を選んだ理由が,幼い頃に遊んでくれた優しい楓の姿が忘れられず,楓に少しでも近づきたいからだった。
大人たちが諦めずに楓の捜索を続けていたのは知っていたが,櫻子自身も幼い頃からずっと楓のためになにかしたいと思っていた。
そのひとつが同じ高校に通って,大好きだった楓が消えた原因を調べることだった。
楓の話は入学してすぐに美術部の先輩である山下李巳から聞かされた。
李巳の話だと,校舎から少し離れた場所に戦前から残るとくに古い建物があり,そのひとつに代々伝わる怪談噺があるが,その内容と楓の失踪に関わりがあるとのことだった。
この学校はかつて伝染病の患者を隔離するために特殊な建物が建てられたという歴史をもち,当時深山のさらに奥深くに貴族の末裔たちが身内に病人がいることを隠すために古い教会を増築させて複雑な地下道とその奥に隔離病棟を造ったと言われていた。
戦時中は薬を創るために残酷な人体実際が行われたと噂され,一時期は地下道が肝試しにも使われていた。
その古い貴族の噺と美しい容姿の楓の失踪が複雑に絡み合って櫻子が想像すらしていなかった新しい怪談噺になっていた。
もともとの怪談噺はこの地域に住む住民なら誰でも知っていたが誰もその詳細については語りたがらず,それを平気で口にするのは好奇心の強いひと握りの在校生のみだった。
そして毎年,夏休みになると一部の生徒が深夜の学校に集まり,伝統行事のように肝試しが行われたが,そのコースは昔と違い学校の校舎を利用した。
楓が失踪してからは,学校がこの肝試しを禁止していたが,去年から一部の生徒たちが勝手に肝試しを行い,それは学校に知られることなく今年もひっそりと行われることになっていた。
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