0人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ
ひと夏の恋~夢の中の彼女~
夏休み。
今日も、シャンシャンと、真夏の太陽が、降り注いでいる。
ちょっと買い物へ出掛けようと、僕は、久々に電車に乗り込んだ。
「あ~~~、涼しっ♪」
クーラーがよく効いていて、あ~、助かる♪
「あ、あの子~……、ときどき見掛ける子だな~……」
朝、通学電車で、ときどき同じ車両に乗り合わせる女の子。同じ沿線にある、別の高校に通っている。
向かい側の長イスの、向かって右端に、彼女は座っていた。
制服姿しか見たことがなかったので、一瞬、分からなかった。
幅広の麦わら帽子、涼しげな白のワンピースに、トングサンダル姿で、イヤホンをしながら、スマホをいじっていた。
通学電車の中では、気のせいかも知れないが、ときどき目が合うような気もしていた。
彼女は、スマホに集中し、僕に気づくことなく、そのままターミナル駅で下りて行った。
その夜。
僕は夢の中にいた。その夢の中で、僕の目の前に彼女が現れ、
「私、あなたのことが、忘れられないの……」
と、切なくつぶやいた。
あれれ?
何だか、僕たちは付き合っていたけれど、何らかの理由で、お別れしてしまった体で、向かい合っているようだ!
……と、思った瞬間、
ハッ!
と、目が覚めた。クーラーのタイマーが切れ、しばらく時間が経つのだろう。部屋が再び暑くなっていた。
「うわっ、あっつぅ~!」
僕は、身体を起こして、軽く座り、再びクーラーのスイッチを入れた。タオルで汗を拭いながら、枕元に置いてあるペットボトルの水を、ゴクッゴクッゴクッ!
「あ~、美味し!」
再びタオルで汗を拭いながら、暗闇の中、彼女のことを考えた。
夢に出て来るってことは、僕は、彼女のことが好きなのか?
いやいや、僕は、彼女を特に意識したことがない。なぜなら、好きなタイプの女の子ではないからだ。
いやいや、そうは言いながら、実は、心の中では、気になっていたとか、そういうことか?
僕は、そんな自問自答を繰り返しながら、もう一口、水を、ゴクリッ!
いやいや、どう考えても、彼女は、僕の好きなタイプではない。なので、恋愛対象として、好きになることはない。
すると~……、えっ?
彼女の思いが、僕の夢の中に現れたとか?
いやいや、そんなことはないだろう……。
いや、でも、そういうこと、ないこともないか~……?
そんなことを思い始めると、何だか、「モテる男はつらいな~♪」とか、「俺って、罪な男だよな~♪」とか、段々、思考回路が、めでたい方、めでたい方へと、先走り、眠れなくなってしまった。
深夜ラジオをスイッチオン。昔のヒット曲が流れていた。
♪……俺など~忘れて~、幸せ~掴めと~……♪
あ、確か、この曲って、尾形大作さんの『無錫旅情』って演歌じゃなかったっけ?
あ~~~、そうだよな~、そうなんだよな~。俺など忘れて、幸せ掴んでほしいよな~。
「これ以上、惚れられちゃうと、さすがに、申し訳ないよな~。よし、今度、彼女に出会ったら、『ひと夏の恋』として、僕のことはあきらめてもらおう!」
そう心に決め、僕は再び眠りについたZzz……。
数日後。
ターミナル駅近くの大手書店へ、参考書を買いに行くと、その売り場で彼女と遭遇!
参考書売り場で彼女と遭遇するなんて、これは、きっと、神様が、「俺など忘れて、今は勉強に集中して、将来、誰かと幸せ掴んでね♪」とか、言っておあげなさいっておっしゃっているに違いない!
僕は、思い切って、彼女に声を掛けた。僕のことはあきらめてもらおう。
「あの、ちょっと!」
「は、はい」
「話があるんだけど」
「私にですか?」
「そう。ちょっとだけ、お店の外で、いいですか?」
「は、はい」
彼女は、頬をほんのり赤らめながら、手に持っていた数学の参考書を棚に戻し、僕と一緒に、書店前のフードコートへと向かった。
幸い空いている時間帯だったので、周りに聞かれる心配もなさそうだ。
「何か飲む? それとも、アイスか何かの方がいい?」
「いえいえ、お構い無く」
「そう、遠慮しないでね。じゃあ、ちょっと、ここにでも座りますか?」
「そうですね」
僕たちは手近なテーブル席に座った。
「で、お話って~……、何ですか?」
彼女は、顔を真っ赤にしながら、若干上目遣いに、両手を膝の上でモジモジさせながら、僕に訊ねた。
あまりにも、イメージトレーニング通りの展開に、
「じゃあ、率直に話してもいいかな~?」
と、早速、本題に入る旨を伝えると、彼女からは、
「いいとも~!」
と、快い返事が返って来た。彼女の表情は、僕からの告白を待ちに待っていた、と言わんばかりの表情に思えた。その期待に満ち溢れた彼女の表情を、僕は泣き顔にしてしまうのかと思うと、心が痛んだ。
でも、彼女のためなんだ。キッチリと、僕が彼女に対して、恋愛感情がないことを伝えて、次の恋へと、向かってもらおう!
「僕のことは……、どうか忘れて、次の恋へと進んで下さい! ごめんなさい!」
僕は、精一杯、頭を下げて伝えた。すると、彼女は、少しうつむき、一瞬、二人の間に、沈黙が流れた。
「私、あなたのことが、忘れられないの……」
彼女は、うつむいたまま、ボソッとつぶやいたかと思うと、再び上目遣いに僕を見つめ、
「私、あなたのことが、忘れられないの……」
と、繰り返した。
うわ~~~……、まさに、夢で見た光景だ! 正夢だ! こんなことってあるんだ! 僕は、少し、背筋がゾクッとした!
と同時に、イケメンモテモテ男子でもない、何の変哲もない、どちらかと言えば、モテない……、いや、どちらかと言わなくても、モテない僕に、そんな思いを抱いてくれていたなんてと思うと、ただただ、感謝と申し訳ない気持ちでおっぱいだった。
……じゃなくて、いっぱいだった。
僕は、女の子をフッてしまった。その気もないのに、付き合うのは彼女に失礼だし、……とは思うものの、やはり、罪悪感がある。世間の女子から、「モテねぇ男のくせに、女をフルなんて、何、調子ぶっこいてんだ、てめえ~ッ!」って、お叱りのお言葉を賜りそうだ。でも、彼女のためだ。彼女に次へ進んでもらうために、ハッキリ言おう。
「『ひと夏の恋』として、僕のことは……、忘れて下さい」
お~~~っ、言えた。緊張したけど、何とか言えた。彼女は、再びうつむいて、僕から目線をはずし、
「私……、やっぱり、あなたのこと~……、忘れられないの……」
と、つぶやいた。おっっっと、さすがに、ここまで食らいついてこられるなんて、夢の中では、見ていなかった光景だ。
今まで、モテる奴らが、ただただ羨ましかったが、惚れられ過ぎるのも、案外、つらいもんなんだな~……、と思った矢先、
「私……、まず、あなたのこと、覚えてないから、忘れられないの」
と、彼女が言い出した。
「えっ?!」
僕は、彼女の言っている意味が、よく分からず、キョトン!
「……って、言うと~……、どゆこと?」
「『忘れる』っていうのは、まず、『覚えている』っていうことが前提にあるでしょ?」
「うん、まぁ、そだね」
「だから、私~、よく考えてみたんだけど、あなたのこと、まず、覚えてないから、忘れろって言われても、私、あなたのこと、忘れられないの」
「は、はぃ~?」
あれ……、話の矛先が、おかしな方へ向かっているぞなもし?!
「私~、あなたと、どこでお会いしましたっけ?」
「え、えぇッ?! 話、そこから~ッ?!」
「はい~」
さすがに、目が点になった!
「いやいや、いやいや、通学電車で、ほら、ときどき、同じ車両になりますよね?」
「えーッ! そうなんですかッ!」
「『えーッ! そうなんですかッ!』って、チョイチョイ、僕の方見て、目も合ったりなんかしてますよね?」
「えーッ! そうなんですかッ! だったら、ごめんなさい!」
「えっ?」
「私、授業のときだけ、メガネ掛けてて、普段、メガネ掛けてないから、電車の中の人の顔って、全然ボヤけてて、全然覚えてないんです」
「えーッ! そうなのッ?」
「はぃ~。だから、無意識に、電車内を見渡したときに、もしかしたら、あなたと目が合ったりしていたことがあったのかも知れないけれど、全然覚えてないんです」
「そ、そうなんですね……」
「はぃ~……」
あれれれれ。これって~、ものすご~~~く、恥ずかしい状況じゃないのか……?!
「……ってことは~、『ひと夏の恋』、……な~んてことは~……?」
「えっ? 誰がですか?」
「ですよね! ですよね! アハハハハ~♪ ……確認するまでもないんですが、一応~……、その~……、僕に~、恋心なんてのは~……?」
「えーっ、誰があなたに恋心なんですか?」
「いや、だから、その~……」
「えっ?! 私があなたに恋心……、ですか? ないですッ! ないですッ! 私にとっては、今日あなたと初対面なんですから、好きもくそもないですッ!」
「ですよね~……、アハハハハ~♪ 『好きもくそもない』ですか~、つまり、『好きもウンコもない』ってことですね~……、アハハハハ~♪」
「ズバリ言うと~」
「あっ、言っちゃいますか?! 言っちゃいますか?! あ~、恐いな~、言われちゃいますか~? とどめ刺されちゃいますか~?」
「『私のひと夏の恋』、……じゃなくて~、『あなたのひと夏の勘違い』ッ!」
「あぁぁぁ~~~……」
時代劇で言うところの、辻斬りに遭遇し、いきなり、バサーーーッッッ!!! と、一思いに、刀で斬られた気分だった!
や、やっぱり、今回も、モテない男の勘違いだったか~……。
フッたつもりが、フラれた気分なんですけど~ッ!
は~ぁ、何か?
最初のコメントを投稿しよう!