愛児

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愛児

 たまたま見つけた、朝の最新ニュース動画。 異星種族アミーの代表人格はいつものように、 屈託(くったく)のない笑みを浮かべた、 元気そうな女の子の姿で映っていた。  しかし油断は禁物だ。 この種族は双子の姉妹種族ヴォラクと同様、 不謹慎なまでに過激な、風刺的諧謔(ユーモア)の才能で知られている。 『このたび人類が、量子頭脳への人格転移(マインドアップローディング)技術を導入し、 大量情報処理と共有人格形成の能力を得て、 最先進種族に認定されたことにつき、 心からのお祝いを申し上げます。 現在帝国の民主化を進めつつある皇帝種族サタンは、 全ての種族に対して愛情深い種族ですが、 特に人類に対しては、格別な感情を抱いているようです。  その理由には、次の三つがあると思います』 『第一は、人類が彼女と同様に、 樹上生活を営む雑食動物から進化した種族であることです。 そのため彼女は、人類文明に対する支援において、 自らの歴史から得た、あらゆる知識や教訓を活用しました。 彼女自身はその人格群を量子頭脳に移して結びつける以前、 茶色の毛皮と美しき角に似た耳殻(じかく)、青い血液をもった、 猫と蝙蝠(こうもり)の合いの子のような種族でした。 しかし、そのような違いは帝国種族の多様性や、 量子化種族の特性からみれば些細(ささい)なものなのです。 彼女が皆さんを愛する我が子のように(いつく)しむ心情もまた、 無理のないことでしょう』 『第二は人類が、彼女の考案した、 秘密観察による文明支援方式の対象種族だったことです。 彼女は、それまで帝国と接触した発展途上種族が、 先進種族との突然の接触により、過剰依存や意欲喪失、 高度な技術の悪用・誤用による自滅に陥るという、 危険性が高いことを発見しました。 そこで彼女は、一定の発展段階に至るまでは公式の接触を避け、 隠密裏(おんみつり)に支援を行う手法を採用したのです。 すでに大きな発展を遂げた皆さんには、 もはやそのような恐れは全くないでしょうが、 その発展が余りにも急速だったので、 慎重な性格の彼女としてはまだ、目を離せないかもしれません』 『第三は人類が、帝国の〝先帝〟種族を神になぞらえ、 心優しい彼女が悪役を引き受けて演じた、 〝神話〟による文明支援方式の、最大の成功例だからです。 この〝神話〟に基づく文明活動とは、 超自然的な人格や法則に対する活動が()()しの結果を招くという、 科学的には実証できない〝空想〟に基づく活動です。 しかし、合理的な推論から完全な虚構(フィクション)(いた)る、 広い意味での〝空想〟は、時に副作用も伴いますが、 大変に重要な活動です』 『なぜならそうした〝空想〟は、科学・技術の研究・開発や、 経済・社会活動における、文化活動を含めた事業の進歩に役立ち、 さらには法律概念や貨幣価値など、制度・政策の実現を助ける、 社会工学的な技術の基礎にもなるからです。 〝神話〟という〝空想〟もまた、そうした意味において 初期文明への支援には特に有効な手法です』 『特に人類は様々な経験の教訓に学び、〝神話〟の弊害を克服しつつ、 福祉・教育など行政活動の増進や、建築・印刷など技術の発展、 芸術・知的遊戯(ゲーム)体育運動(スポーツ)など文化活動の振興に活用しました。 また、後には産業の奨励(しょうれい)や政教分離など教義の修正も行って、 さらなる政治・経済の発展に役立てました。 皆さんは自らの知性と徳性により、この支援手法を活用することで、 偉大な文明を建設したのです』 『旧帝国が側近種族間の内戦により崩壊した時、 先帝〟種族の生存人格群が宿る量子頭脳すなわち〝聖霊〟を、 側近種族〝慈愛の王〟が地球に秘匿(ひとく)したのも、 こうした事情と無関係ではないでしょう。 さらに、このことを知った地球政府は、 〝先帝〟人格の救出作戦を実行し、見事に成功させて、 すでに現皇帝種族に亡命していた人格群との合流に導きました。 こうした事情からも、人類の皆さんの存在は、 敬愛する〝先帝〟から受け継いだ帝国の正統性を重視する 彼女にとって、一段と重要性をもっています』 『しかし私はまた、帝国には皇帝種族以外にも、 実に多様な種族が共存していることを強調せねばなりません。 私達理事種族は、他種族への威圧的印象を防ぎ、親近感を得るよう、 相手方種族の基本的遺伝子型を有する性別の分離個体(アバター)を使い、 特に愛らしい若年個体の姿を借りて活動する場合が多いのは事実です。 この人工体はまた、種族や個人の同一性(アイデンティティー)を失わぬよう、 その本体に似た特徴も備えるのがふつうです。 先般の祝賀式典に出席したサタンの代表人格もまた、 栗色の御河童(おかっぱ)頭をした、 優しそうな少女の姿をとっていました』 『しかしながら彼女に随行(ずいこう)し、 共に〝史上最も可愛い異星人〟として人気を博した 〝二つ編み(ツインテール)〟や金髪の美しい少女達は、 皇帝種族ではありませんでした。 実は彼女達はサタンの護衛役を務める、 旧親衛軍種族グラシャラボラスとバールゼブルの、 偽装した戦闘用の分離個体(アバター)であり、 各人が主力戦車に匹敵する戦闘能力をもっていたのです。 彼女達の基本形態は大きな翼と耳を持った犬、 あるいは金色と黒色の蜜蜂に似た姿ですが、 その性格は純真さや忠良さ、強い責任感と克己心(こっきしん)で知られています』 『帝国種族はその外面的属性も内面的性質も、実に千差万別です。 残念ながら宇宙にはまだ、犯罪や紛争の危険もあります。 今後は人類もまた、サタンだけでなく様々な他種族と交流し、 互いの特色を知り合って、良い競争と協調の関係を築くことにより、 星間社会の発展に貢献し続けられるよう、私は強く願うものです』  ああ、長い挨拶(あいさつ)がやっと終わった。 ……と、気を抜いたのがまずかった。 画面に映っていた可愛らしい彼女が突然、 海豹(あざらし)に似た屈強な異星人の姿に変わり、 悪戯(いたずら)っぽく笑って手を振ると、画像が消えた。 私は思わず、飲んでた紅茶でむせ込みそうになった。  映像効果をいきなり解除するなって! こっちはまだ生身(なまみ)なんだ、食事が(のど)につかえたらどうする! 分かった分かった、最先進種族になっても、 宇宙には色々な奴らがいるんだってことを忘れないようにするよ。 成り上がり者の人類だってどう思われてるか、お互い様だしな。 ああもう神様! 一体何ということだ(笑)。
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