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ふらつく頭を押さえて立ち上がると、防波堤から陸地に戻った浜辺に、なんだか黒い塊みたいな物が見える。
「事故?」
とりあえず。回りに人影はない。ここは辺鄙な場所だから、人家も離れているし、第一地元の人間は、ほとんど夏祭り最終日の花火大会に詰めかけているだろう。人気のないことが分かっていたから、俺はこの場所でヤケ酒をかっ食らっていた訳で。
カラコロと軽やかな足音を立てていた下駄は、砂地に着いてからは埋まるので脱いだ。岩場に囲まれた狭い砂地、そこに明らかに天然の造形ではない巨大な黒い物体が突き刺さり、緩い波に洗われている。目測だが、2、3mくらいの紡錘形、材質は金属っぽいけど不明。表面に凹凸はない。まるで見たことのない代物だ。
「……ウゥ……」
呻く何かの声に、身体がビクッと震える。黒っぽい異物の向こう側から聞こえる。
恐々、足を進めると――。
銀色の魚みたいな、何かが倒れていた。
一部が、紡錘形の物体からデロンと垂れ下がるようにはみ出して、残りは海水に浸かっている。
「……ウ、ウーン」
呻いている。
これ、どう見てもヤバいヤツじゃないだろうか。
ていうか――俺、酔ってる?
現実感のなさに、好奇心が勝った。
もし、この時の俺に幾らかでも理性があれば、回れ右して下駄を拾って逃げ去っただろうに。
だけど――俺は、いつになく酔っていたんだ。
『好奇心は、猫をも殺す』――そんな言葉を忘れてしまうほどに。
パシャパシャと渚に踏み出して。高かった小千谷ちぢみの裾が濡れるのも構わずに、銀色の何かに向かって近付き、右手を伸ばした。
それは、ヒヤリとした。
波に半分濡れた丸い部分に触れると、ピクリと脈動があって、反射的に指先を引っ込めた。
「――ウ、……ゴボ」
銀色の何かは、ゆっくりと身じろいだ。思わず一歩後退る。
――イタイ
うん?
音声ではないのに、意味ある言葉が届く。俺は銀色に触れた指先を見たが、異常はない。
――ツメタイ
確信する。これは、俺の思考ではない。
目の前の、なんだか分からない銀色のヤツが発しているのだ。俺の頭の中に。
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