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乗りかかった船、という諺がある。訳の分からない事態に巻き込まれたけれど、振り払うタイミングは幾度かあった。
多分、全力で拒まなかったのは、その先どうなるのか知りたかったからだ。
――タスケテ
三度侵入した言葉に、身体が先に反応した。下がった足を前に踏み出して、袖を濡らしながら、銀色のヤツを抱き起こした。
「だ、大丈夫か?」
発した声が掠れた。持ち上げた銀色は、綿のように軽かった。
――ヒキアゲテ
紡錘形に接している部分のことを指しているのか?
――ソウ。ダッシュツ、ニ、シッパイ、シタ
くたーっと柔らかい身体的なものを抱えたまま、紡錘形に近付き、はみ出している部分を掴む。
「抜くぞ?」
――ヤサシク、シテ
加減が分からないが、俺なりに丁寧に掴み、ゆっくり引く。ツルン、と擬音が聞こえるくらい滑らかに、銀色の残りが外に飛び出した。物体から確かに出たのに、出口らしき凹みも穴もなく、黒い表面は塞がっている。
――リクチニ、オロシテ
素直に、乾いた砂浜の上まで運んで、そっと横たえた。空気の抜けたビニール人形のように、銀色はペタリと砂地に溜まる。個体なのだろうが、その流動的な様は、表面張力を保った液体にも似て。喩えるなら、水銀か?
――アリガトウ
銀色が礼を述べて、驚いた。助けられたという認識に加え、礼儀というものを知っているらしい。
「や……いいけど……大丈夫なのか」
――ノドガ、カワイタ
喉って、この液体みたいな身体のどこにあるんだ。
「酒しかないけど……飲める?」
――ナンデモイイ
随分アバウトだけど、酒を知ってるのだろうか。飲ませた途端、暴れたりしないんだろうな。
「じゃ……ちょっと待ってて」
色々と突っ込みどころ満載だが、相手はなんか弱っている水銀だ。とりあえず、なるようになるだろう。
砂浜から防波堤に引き返す。まだ飲むつもりで買ってあった缶チューハイの入ったビニール袋を回収した。
……戻ったら、全て消えていたりして。
それならそれでもいいと思った。ヤケ酒が見せた幻覚か夢なら、週明けに同僚に聞かせる笑い話くらいにはなるだろう。
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