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それから、偽一夏ちゃんは、大人しく情報開示した。平凡な一地球人の俺に話せるってことは、機密情報ではないのだろうけど。
「事情は、まぁ……分かった」
彼女達は、20体で地球にやって来て、地球時間の5年間の調査期間を終えて、今夜母船に戻るところだった。偽一夏ちゃんは、主に日本周辺地域の担当で、まさに帰ろうと移動ポッド――砂浜に突き刺さっている黒い紡錘形の物体のことだが――に乗って母船に向かっていたのだが、偶然大輪の花火を見かけた。夜空に咲く美しい光の花畑に、夢中になっていたら……操作を誤り、この浜に墜落したという。
「で、これ……動くの、移動ポッド?」
「ハイ、キュウナンシンゴウヲ、オクリマシタ。ナカマニ、カイシュウシテモラエマス」
「そりゃ、良かったな」
仲間が来るのか。なんとなく、ゾッとした。1対1だから、こうやって対峙できるけれど、さっきの水銀がゾロゾロ現れたら、かなり怖い。偽一夏ちゃんが言うように、友好的な異星人であっても、やっぱりなんか怖い。
「それじゃ……花火も終わったし、俺も帰ろうかなぁ」
「アノ……」
立ち上がりかけた俺の手に、白い指先が触れる。ヒヤリ、やはり体温を感じない。
「マッテ、クダサイ……」
待って――って、えっ、待て待て待てっ。今になって記憶を消すとか、連れ去るとか言い出すんじゃないだろうな?
本物の一夏ちゃんにフラれたからって、俺はまだ地球にサヨナラするつもりはないんだけど!
「アナタハ、オンジンデス。オナマエヲ、オシエテ、クダサイ」
「――あ?」
にわかに沸き立った焦りは、肩すかしを食らった。それどころか、彼女は勝手に俺の頭の中を読むことをせず、上目遣いで縋るように強請ってきたのだ。
ぐぬっ……ヤバいって……! 俺、その仕草にほだされて、バッグも香水も貢いじゃったんだから!
「え、えっと……俺は、ヒデオ。裕木英雄ってんだけど……」
「アリガトウゴザイマス。ヒ、デ、オ、サン」
慣れない発音なのか、たどたどしい不器用な口調に、胸の奥がちょっと疼く。
バカか……一夏ちゃんの姿だけど、正体は水銀だってのに……。
「あの……あんたは? あんたの名前も教えてよ」
そっと掴んだ指先を、彼女はスルリと引き抜いて俯いた。
「コノホシノコトバニハ、ヘンカンデキナインデス……」
「いいよ。それでも、聞かせてよ」
「……ワカリマシタ。ワタシノ、ナマエハ――」
異国の楽器か、小鳥のさえずりのような音が流れた。確かに言葉としては聞き取れないが、美しい響きだと思った。
「――デス」
「綺麗な名前だね。ありがとう」
彼女の大きな瞳が、ジイッと俺を見詰める。――まただ。一夏ちゃんに見詰められているような錯覚に、動揺しそうだ。
浴衣で手汗を拭ってから差し出した掌に、彼女のほっそりとした掌が重なる。もう冷たさは気にならない。挨拶の握手を交わして、俺は立ち上がった。
「じゃあ……」
「ハイ……ノミモノ、オイシカッタデス」
「そう? いつか一緒に飲めるといいね」
いつか――地球人と異星人の友好的な交流が大っぴらになる時代が来たら。俺の生きている時代ではないだろうけど、そんな未来は、ちょっとだけ素敵に思える。
笑顔で、砂浜を離れた。コンクリートの上で下駄を履いて振り返ると、水銀に戻ったのだろうか、もう人影は見えなかった。ただ岩場の影に、見慣れない塊が1つ、まだ在るような気がした。
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