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第五話「人質」
「え、美空君。今日も来てないんですか?」
「そうなのよ。もう夏休み終わってから、三日もたつのに」
美空君に伝えたいことがあったから、彼のクラスに赴いたのだが、クラス担任からその言葉を聞いて、一つの不安が私の心のなかで生まれた。
「もうすぐ、学園祭も始まるのに」
二重の契約(キス)。まさかそのせいで『祟羅』に戻ったのだとしたら。奈津紀さんが危ない。そして彼女が危ないということは、美空君も。
私は職員室まで行き、
「藤宮先生」
「フィン。どうしたの?」
藤宮先生に私のアパートで休んでいる魅道さんをお願いし、美空君の家まで急いだ。
※※※
更衣室の外に結界を張り、人の出入りを制限する。私はハンドガンを腰にぶら下げて、万が一に備える。
フィンに頼まれて、私は魅道さんの様子を見に彼女のアパートの部屋へと赴くと、三階にあるフィンの部屋の玄関前で、たたずんでいる男がいた。私は何年も前に、その男に出会ったことがある。
「来栖! 来栖じゃない! あなた、今までどうしてたのよ」
「彩か。久しぶりだな」と、渋い声で淡々と言う、私の元恋人。
「ここで、何しているの?」と、私は言いながら手を背後に持っていき、ハンドガンをいつでも抜ける用意をした。彼の目的はわかってる。魅道さんだ。吸呪姫のなかでも最高位にランクインする星姫の心臓は、厳密には核と呼ばれ、元々人間だった吸呪姫を元に戻すことができると噂で聞いたことがある。
「妹に、フィンに今更会いにきたわけでもないんでしょ?」
「そう敵意をむけなくてもいいだろう? もうここに、アイツはいない」
「アイツって、誰のことかしら?」
「隠す必要はない。魅道福与だよ。フィンを人間に戻す方法を、やっと見つけた。その鍵を握っているのが、彼女だ」
全部、お見通しというわけか。
「私にフィンを預けたまま、どこで何をしているのかと思えば、そういうこと。フィンは、そんなこと、望んではいないわ」
「それは本当か? お前に、俺たちの何がわかる」
ピリッと、空気に亀裂が入るように、お互いの敵意がぶつかる。
「来栖。あなたは美空君を殺そうとした。いったい、なぜ?」
「……、これ以上ここにいても、意味はなさそうだ。悪いが退かせてもらう。お前とは、できれば戦いたくはないからな」
「ちょっと、質問に――」
私が言い終えるより早く、来栖は三階から飛び降りた。通路から見下ろすと、もうそこに彼はいなかった。
「逃げ足の速い」
私は溜息を一つ吐き、一応フィンの部屋に入って奥まで進む。ベッドに寝かせていると言っていたが、そこには誰もいなかった。では、いったいどこに?
私はフィンの部屋の鍵をかけて、ある可能性を考えてみた。
「まさか、美空君のところ?」
※※※
優雅、ごめんね。傷つけて。でも、今のあなたを止めるには、魔力で封じるしかなかったの。
私は優雅を、彼のベッドで寝かしている。
七十年前、私は弟の優雅を失いたくなくて、彼と契約をした。だけど、それは間違いだった。もう、優雅はすでに魅道と契約更新(セカンド・キス)をすませていた。違うモノとの契約は、呪いを喰いきれない。不老不死を分かち合えない。
「でも、可能性はあるはず。私は魅道によって吸呪姫になった。その私と契約したんだから、完璧な二重契約にはならないはず。だから、祟羅なんかにならないはずなのに……」
四日前の夜、確かに優雅は祟羅に反転していた。なぜ?
優雅の寝顔をしばらく眺めていると、インターホンが鳴った。
誰だろう? 嫌な気配がする。この気配、覚えがある。魅道だ。また来たのね。しかも正面から。今度こそ、殺してやる。
※※※
途中、魅道さんに会った。
「フィン……、四日前はありがとう」と、走りながら魅道さんは言った。
「大丈夫? 力は回復した?」
「ええ、もうばっちり」と、彼女は笑う。
「魅道さん。美空君のことで、訊きたいことがあるんだけど」
「私も、美空君のことで、調べたいことがあるのよ」
※※※
姉さんが部屋から出ていくのを感じ、僕は目を開ける。
壁にかけてあるカレンダーに目をやると、夏休みが終わって三日がたっている。
「あの日、確かに僕は姉さんを殺そうとした。なんでそんな……」
ベッドから身体を起こすと、眩暈がやってきて、しかしどうにか立っていられる。
吸呪姫、祟羅。いずれも、僕の知らない単語だった。
「魅道って、確か……」
いつの日にか会った女性の名だ。魅道福与。どこか懐かしい響きがする。彼女なら、何か知っているかもしれない。
また、会えるだろうか? そんなことを考えていると、外から騒ぎ声が聞こえてきた。
――優雅に、何の用!
――聞いて! 私たちは敵じゃない。
フィンの声だ。姉さんとフィンが、言い争っているのか。
部屋を出ようとすると、ガシャン! と、ベランダから窓を割る音がした。
カーテンを開けると、そこに立っていたのは、以前僕を殺そうとした男だった。
瞬間、目の前が真っ暗になる。深い眠りの奥へと、誘(いざな)われていった。
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