ヒロインになれたら

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これは僕と君の ひと夏の話 蝉の命のように短命な けれど僕にとっては物語の代表作のような 君との思い出 高校3年生の時、君と出会った。 特に周囲に興味のなかった僕は、その夏席替えをするまで君のことを名前くらいしか知らなかった。 たった1度 隣の席になっただけ。 君が誰にでも明るく話しかけるように、僕にも笑いかけてくれたことで少し仲良くなった。 最初は鬱陶しいと思ったけれど 君のひと言で、僕は君に惹かれた。 「私、シンガーソングライターを目指してるの!」 よくもまあこんな真剣な眼差しで夢を語れるな そう思いながらも、君が輝いて見えて仕方なかった。 眩しかった。だってかっこよすぎるだろ。 「頑張れ」 だからその夢を誰よりも応援したくなった。 休み時間に歌ってくれる自作の歌は水のように透き通る声で綺麗で。 素人目だけれど、すぐにでも有名になってしまうのではないかと思った。 無知識な僕に作詞作曲の相談をしてきた時は困ったけれど、君との距離が近づくようで嬉しかった。 「君は、誰よりも私の夢を応援してくれてるってわかる。それが凄く嬉しい」 明るい君とは真逆な僕に優しくて 真っ直ぐな君は、真っ直ぐに想いを伝えてくれた それがなんだかむず痒かった。 「その笑顔、いいね」 君がサラッと伝えてくれる言葉と比べれば、絞ったような僕の言葉はぎこちなかっただろうけれど 君は頬を少し赤らめて、やだ なんて照れてて可愛らしかった。 僕は君の夢も、歌も、声も、笑顔も好きで でも何よりも 君自身が大好きだった。 ある夏の夜、僕は公園へ呼び出された。 学校近くの小さな公園。 まだ薄明かりが光る午後6時 僕は小さい頃よく遊んだブランコを漕いでいた。 今はもう、少し小さいブランコ。 ギィィと鉄が擦れる音とともに、蝉の音を聞いていた。短命な蝉の音。 ブランコを漕ぐだけで額に汗が滲む暑さ これには蝉も参っているだろう。 その汗を拭っていると、ギギっとギターの音が聞こえた。 当たりを見渡しながらブランコを離れれば山のような遊具の上に君がギターを背負って立っていた。 「こんばんは」 君は満足そうに頷いて、そっと息を吐き出した。 「君に聞いて欲しい」 あの日僕に夢を告げた時と同じ真剣な眼差しで 遊具から俺を見下ろした。 「DREAM」 清水翔太さんのDREAM その歌詞が、声が、君のように真っ直ぐで 誰かの歌を こんなに自分のものにできるのかと驚かされる。 今この世界で誰よりも輝いている君を見上げて、視界が歪んだ。 この暑い夏も、君の声で水分補給ができそうだ なんてジョークを浮かべながら不器用に笑った。 「…ちょ、ちょっと泣いてるの!?」 歌い終わった君は、きっと思っていた反応と違った僕を見て遊具から走ってきた。 たった1度隣の席になっただけ それだけ けれど君と過した短命な夏が 僕の10数年の人生の中で1番愛しい時間だった。 あれから5年 僕はただ歳を重ねていた。 君との交わりは一切なくなって それでも僕の中には君がいた。恋焦がれるように。 あれから5度目の夏 毎日チェックしていた君の活動に大きな動きが見られた。 ファーストワンマンライブ 僕は駅前の弾き語りや、多くの出演者が出向くステージには足を運ばなかった。 君の夢が叶う瞬間が見たかったから 君だけを見たかったから 待ちに待ったワンマンライブ。君は有言実行 夢を叶える。 あの日夢を語った君が脳裏に浮かんだ。 「凄いよ君は」 押し寄せるたくさんの客 こんなにも君は愛されているのかと驚かされる。 誰もがワクワクを募らせた表情で その笑顔は君のようだった。 ファンはアーティストに似るのかもしれない。 その箱の後方で、小さく立って周りを見渡す。 僕が1番最初のファンだぞ なんて情けない見栄を心の中で張る。 暗転と大きな歓声と共に君は現れた。 歓声が沸きあがる 「こんにちはー!」 水のように透き通る声 紛れもなく、君だった。 当時の胸の高鳴りが思い出される。 言うまでもなく君は眩しくて 音楽に無知な俺も自然に体が揺れる 楽しくて仕方がなかった。 何曲も何曲も 全力で歌う姿 心からの楽しそうな笑顔 君は何時までもかっこよかった。 楽しい時間というのはあっという間で 「次で最後の曲です」 えー とファンの声が響く。 その反応に満足そうに頷いた君は、ギターを少し鳴らした。 その姿がいつかの君と重なる。 「これは、私が高校生の時好きだった人に向けて書いた歌です」 おお!という歓声と同時に僕の心臓が驚く。 「きっと、どこかで聞いていてくれていると思うから」 「どうか君に届きますように」 「聞いてください」 『ヒロインになれたら』 タイトルコールと共に、君のギターの音が響く スローモーションのような景色が広がった どこまで君は素敵な人なんだろう 脳内再生される [好きだった 人] 「きっと私がヒロインなら」 「今頃あの時のように君のとなりに並んで」 「君の好きと私の好きを共有していたかな」 「ごめんね私はずるいから」 「気付かぬふりをしていたんだよ」 「言えなかったけれど」 「ヒロインには程遠かったけれど」 「大好きでした」 「君の夢が叶いますように」 あの日の短い青春が蘇る わかるよ これは 僕への歌だ 真っ直ぐすぎる君の歌だ 僕の気持ちは伝わっていたのかと思うと恥ずかしくて顔から火が出そうなほど熱くなる。 君の眩しい姿を見たいのに 視界が歪んでよく見えない あの日公園で僕のために歌を歌ってくれた時みたいだ。 きっとその時より 君との距離は離れてしまったけれど 僕の中で君はどこかの漫画のヒロインよりもヒロインだったよ。 僕がヒーローにでもなれたと言うなら 僕の物語はどんな物語よりもハッピーエンドだ。 余韻と幸福感を土産にして彼女の夢の箱を立ち去る 会場に彼女へのメッセージを寄せ書きできるコーナーがあった 僕は小さな 小さな文字で 君への想いを綴った 君は僕のヒロインだよ
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