しろくま先生

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 今日の朝当番はしろくま先生だ。先生が立つと遠くからでもよく分かるし、門がひどく小さく見える。 「あかねさん、おはよう」 「ここみさん、おはよう」  わたしは名前を覚えるのが苦手で、同じ学年でも「あやね」ちゃんだったか「あゆみ」ちゃんだったかあやふやな子がまだ何人もいるから、先生ってすごいなと思う。  リュックサックや水筒を自分のロッカーに入れて、算数の教科書とノート、ふで箱を出す。 「ゆうちゃんおはよー」  話しかけてきたのはとなりのロッカーを使っているみくちゃんだ。たて笛と音楽の教科書、プリントを持っている。四時間目の理科は同じだから、そのあと食堂でいっしょに給食を食べようと約束した。  今日の算数はしろくま先生だ。さっきまで校門にいたから、急がないと間に合わなかったはずだけど、先生は涼しげな表情をしているように見える。本当のところは毛皮におおわれているからよく分からない。  大人から何かを教わる時、なんだか怒られているように感じる時がある。教えてくれる人はたいてい、ちょっとだけ声が低くなる。その声で、「うん、それで」「そう、だから次は」と言われると体が冷えて、かたくなる。大人の中でもお母さんだけはちがうのだけど、それは忙しいときや疲れているとき、つまり、わたしを怒ってしまいそうなときは教えてくれないからだ。わたしも怖いお母さんは見たくないから、それでいいのだけど。  でも、ここの学校の先生たちはみんなぼわっとしている。あんまり怒らないし、そういえばあんまり笑いもしない。もしかしたら、クラスというものがちゃんとないからかもしれない。どの先生がとくに好きとか嫌いとか、あんまりない。そういうことを考えるには先生たちのことを知らないし、みんな遠い。  子ども同士もそうで、みくちゃんは同じ「クラス」だけど、ちゃんと会うのは毎日帰りの時間に学校からの手紙をもらう時と、週一回のホームルームだけ。運動会や合唱祭のある時は、少し会うのがふえる。  こう言うと、みんなあんまり仲がよくないんじゃないかと思うかもしれないけど、そうじゃない。全体に風通しがいいところはわたしの気に入っていた。  しろくま先生は生徒に近い先生で、けっこう人気があるみたいだった。とくに冬はそうだ。この辺りはたくさんたくさん雪が降る。冬の間だけ、学校からバスが出るくらいなのだ。そんな時、みんなしろくま先生の毛皮につかまりたがる。一年生や二年生が先生のわきばらにすっぽり入り込んで、ころころ丸まっている。三年生にもなるとさすがにおおっぴらには甘えなくて、ちらちらうらやましそうに見ている。それでも冷たい手をこっそり、先生のお腹や背中に差し入れてみたりはする。  二時間目は総合学習の時間だ。でも、みんなで決まったことをするわけじゃない。先生と教室の場所とやることを書いた紙から、好きなものをえらぶ。集まった先で、六年生も三年生もいっしょに活動するのだ。わたしは図書室に行った。  ここに来てから二か月くらい、私は図書室に住んでいた。その頃とおんなじ風に、青木先生はちらっとわたしを見て、今日することを書いたプリントを取るように目で教えてくれた。あのとき、わたしはとくべつ気をつかわれているのだと思っていたけど、元々こういう先生なのだ。  青木先生がふくろう先生とよばれているのは、教室に通えるようになってから知った。背が低いのと、目が大きいのと、年を取っているのとで本当にふくろうっぽいけど、ちゃんと人間の女の人だ。 「へえ。今そんな本読んでるの」  わたしが手に持っているのは動物の進化に関する本だった。漢字がとても多いから、多分中学生以上用のだと思う。 「うん、むずかしいけど面白い」  図書室の課題は、思いきり好きな本を読めるからうれしい。毎回図書室にしても、とがめられないところもいい。とはいえ、本を読んでいると、「ここに書いてあることは本当にそうなのかな」と理科室で実験したくなったり、校庭を散策したくなったりするのだ。やっぱり生徒にも好き嫌いがあるから、図書室に来ない子はずっと来ないけれど。
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