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顔に見覚えがあった。
マンションの敷地をぐるり1周する歩道上で、私に声を掛けてきた女だ。
身の丈に合わない、アルミ合金製スーツケースを引いていたことは忘れられない。
彼女は追い詰められた小鳥のように震えている。
上目遣いでこちらを見ているが、なかなか男好きする顔立ちだった。
Tシャツを押し上げる胸、ホットパンツから突き出した脚は、それぞれ健康的に肉付いて、さらに劣情を煽りたてる。
女は自らを、「エッチができる、20歳の家出娘」と名乗った。
私は彼女の台詞を、「行くアテも、金もないから、数日間ただで泊めてほしい」という意味だと解釈した。
泊まり賃は、彼女の身体だ。
結婚前で、まだ20代だった私にはとても魅力的な提案であったが、断った。
その夜は恋人――のちに妻となり、今は元妻である女性――が、「手料理をご馳走する」と、すでに自宅で待っていたからだ。
今から25年前の今日、勤め先から帰宅途中の出来事だった。
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