SINGLE

5/5
17人が本棚に入れています
本棚に追加
/17ページ
いちど押し返されたはずの手が、今は女の中へずぶずぶと沈んでいく。 実際に足を踏み入れたことはないが、底なし沼、とはこういうものだろう。 右手がゆっくり着実に、奥へ引き込まれていく。 私は手掛かりを求めて、無言の戦いを続けた。 右手が肘まで入ると、身体のバランスを保つのが難しくなる。 伸ばした左手を床につこうとした矢先、女の両手が動いた。 同時に目が開く。 猫のそれに、似ていた。 すばやく風を切る両手に、左手首を掴まれた。 「こっちもお願い」 抗うことのできぬ強い力で、私の手は右の乳房へと誘われた。 右腕と同じように、左腕も女の中へと沈み始める。 いくら踏ん張っても、沈んでいく一方だ。 ついに私の顔が、女の顔の目と鼻の先まで近づいた。 女は私に抱きついてきて、口づけをした。 終わると床に背をつける。 口を横に広げ、「にっ」と笑った。 両端がゆっくりと上がり、より猫らしい表情になる。 瞬間、私は頭から女の中へ落ちた。 そのあとは、延々と暗い縦穴を落下していった。
/17ページ

最初のコメントを投稿しよう!