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11 荒野で呼ばわる(2)
ポーチの段を上って廃屋に入った。
中はうす暗く、床板が今にも抜け落ちそうにギイギイ鳴る。次の間に続くドアを蹴ると、蝶番ごとふっとんで壁にぶつかり、バラバラに砕け散った。
次の間はホームバーになっていた。木製のカウンターがあり、奥に棚、そこにボトルが数本載っている。
「いるんだろう? 出て来いよ。それともカウンターごとふっとばしてやろうか」
ゴトリ。音がして、カウンターの下から灰色のローブをまとった老人が現れた。白い髪と髭に覆われ、皺に埋もれた顔。痩せた猿のような印象の小男だ。
これが、神か……
奇妙な感慨があった。
カウンターの陰に身を隠すこの哀れな老人を、おれは追いかけてきたのか……悪魔だの鬼だのと呼ばれ、過去から未来、未来からまた過去へ、時空の通路を抜け数百年のスパンでずっと…… 〈永い〉、〈永い〉旅だった……それも、もうここで終わる――
〈彼〉はボトルを手にカウンターを出て、窓際の椅子に掛けた。ふわっと埃が舞い上がる。
「とうとうここまで来たか。まずは褒めてやろう」〈彼〉の声はしわがれていた。
「この日を夢にまで見たよ、じいさん」
〈彼〉はボトルの口を咥えて酒を呑んだ。
「しつこい奴め。わしに何の用だ」
「責任をとってもらうのだ」
「責任? ホホ、何の責任か」
「こんなできそこないの世界を創り出した責任だ。生きるために苦しまねばならなかった生きものたちに対する罪を、償ってもらう」
銃口を向けられながらも、〈彼〉にひるんだようすはない。
「窓の外を見るがいい」〈彼〉は言った。
汚れがこびり付いて曇ったガラス窓のむこうに、荒れ果てた大地が続いている。黄色く濁った大気は、無気力な風のせいで澱んだまま。
「世界は衰弱してしまった。わしに想像を支える力がなくなってきたからだ。若い頃は、輝かしい王国を築こうとしたこともあった。人間どもは皆ひれ伏した。それがこうして銃を突きつけられるとは……歳をとったものだ。おまえ、わしを憎んでいるのか?」
「憎んで、いる」
「記憶は消去されているんじゃないのか?」
「細かいことは忘れちまった。だが、憎しみだけはそのままにしておいてもらったよ」
「ふん。便利なものだな、デク人形め。おまえの親兄弟、妻子、友人、みな悲惨な運命をたどり、非業の死をとげた。それはすべて、わしのせいだと言うのだな」
「そのとおりだ」
〈わたし〉はブラスターをゆっくり上げ、老人の眉間に照準した。過負荷に銃身がうなる。出力は最高レベル。ダイヤモンドさえ蒸発する。
「殺すのか? おまえは、わしの想像の産物にすぎないくせに……」
「死ぬのが怖いか? 生きものたちは、そうやって恐怖に震えた。十秒待ってやる。逃げろよ」
期待に反して〈彼〉はおちついている。
「銃を向ける存在を、自分自身が望んでいたとはな…… 宇宙のすべては、この頭の中にある」〈彼〉は自分の頭を指さす。「宇宙は、わしが想像しているだけのものだ。わしを殺せば、その瞬間、すべては消滅する」
「それでいいじゃないか。おれは、もう、疲れた……」
「おまえの子供も消えてしまう」
「子供? 子供はとっくに死んでいる。そう聞かされた」
「あらゆる可能性のレール上を走る宇宙の中には、子供の生存している宇宙もある。どうだ、そこへおまえを送ってやろうじゃないか。まっさらな記憶でやり直したらどうだ。妻も子も、友人も、みんないる。幸せな人生を用意してやる」試すような上目遣いで言う。
「……」
「それでも、わしを撃つか?」
〈わたし〉は意外だった。感情は鎖に縛られたごとくに制御されている、はずなのに──
ブラスターを構えた腕は、少し震えている。
老人は、またボトルの口を咥えた──
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