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13 変容するもの(2)
「なによ、その目つき……」
斎子にそう言われて、はっとした。
もしかしたら自分は、いま青木と同じような目をしているのかもしれない。青木と同じような物の見方になっているのかも……
「おなか、すいているでしょう? 何か作ってくるわ」斎子だった〈もの〉が、そう発音している。ヌルヌルした有機物の集合体が、粘膜を振動させて音を発している。
めまいが兆した。正人は目をつぶった。
斎子は部屋を出てゆき、少し経ってから、盆にうどんを載せて戻ってきた。座卓を引き寄せ、そこに盆ごと鉢を置いた。湯気が上がっている。
正人は布団の上に起きた。少し楽になった。出汁の香りに急に空腹感を覚える。箸を取り、すくったうどんを口に運んだが――
ぐッ、と呻いて口を押さえた。
「胃の具合、おかしい?」
「いや……」
うどん鉢から盆の上に、無意識に鶏肉を取りのけていた。それから食べはじめた。その様子を、斎子がじっと見つめている。
「あなたもお肉食べれなくなった? これからは、肉抜きを二人前にしなきゃだね」
箸が止まった。茫然と斎子を見た。ある絶望的な想像が脳裏をよぎった。
箸を投げ出し、やにわに斎子に組みついた。
確かめねばならないことがある。絶望的な想像を、確かめてみなければならない。
レイプじみた行為を受けながら、むしろそれをリードするように、斎子は躰を泳がせた。
包装紙を開かれた大好物の菓子。魅惑的なはずのものを前に、正人は不自然な努力をしていた。欲望に火をつけようと必死になった。苛立ちで荒々しくなる。それでも火はつかない。冷えきったまま。
空回りの喜劇を、笑わぬ顔で斎子が見上げている。
夜ごと睦んだやわらかな躰が、解剖図のようにしか見えない。皮膚の下で肉がうねり、腱がきしみ、体液が浸潤する。その音が聞こえてくる。どうしても総体として認識できない。
正人の口から呻きが洩れた。絶望的な想像のとおりだ。躰は異性に対して機能しない。〈地獄〉に我が子を産み落とす生殖を、意識の根底が拒絶している。
震えながら少女から離れた。背中一面に冷たい汗が浮いている。唇を歪め、痙攣するように嗤った。
「青木と同じになっちまった。とうとうおれも、悟りをひらいたというわけだ」うわ言のように喋る。「やっとわかったよ。宗教に禁欲はつきものだけど、我慢しているようじゃ、まだまだヒヨッコだ。本当に悟りを得たら、欲望そのものがなくなっちまうんだ」
斎子は拡げられた下肢を閉じようともせず、仰臥したまま正人の顔を見つめている。瞳にあるのは憐憫でも嘲笑でもない。モニターするレンズのような硬質な色合いだ。
絶望は逃げ道を探し、たやすく怒りに転化した。何かに向かわねば収拾がつかない。怒りは、狂暴さを巻き込んで青木に向かった。
「あいつは、どこにいる……」
「書院よ」
書院と聞いて、ビクッとした。追い立てられるような気になった。たった今もAMIの起動プロセスが試行されている。一瞬後に世界が消滅してしまうかもしれない。
正人は部屋をとび出した。
気味悪いほど真っ赤な夕陽に照らされて、廊下は血の海のようだ。
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