圧倒的正しさの前では泣けない

水

「でもどうしてユウタが……」

　女が両手で顔を覆った。鼻水を啜る音が聞こえる。泣いているようだ。

「そう悲観的になるなよ。君まで犯罪者予備軍になってしまうぞ」
「冗談でもそんなこと言わないで！」

　女が弾かれたように顔を上げた。男を睨む。

「泣くな。みっともない。もう一度やってみろ。時間が短くて、効果が表れなかったんじゃないか？」

　男が言う。女は目を逸らしながら、私の「胸」に手を当てた。男の時よりも大きな電力を感じる。私の内部(からだ)がこぽこぽと音を立てている。

　女の表情が少しずつ柔らかくなっていった。

「でも良かったじゃないか。早くに分かって。これさえあれば、ユウタがこれ以上『正しくない』方向に進むことはない。……君だって、自分の子を犯罪者にしたくはないだろう？」

「もちろん。まだ遅くないはず。まだ小学生だし。今から矯正したって間に合うはず」

　女は、自分に言い聞かせているように見えた。
　私の「目」からは、とめどなく水が流れ、「足」に落ちていく。「足」で受け止めた水は、私の内部に取り込まれ、温められて、水の素(もと)に戻るのだ。

「さあ、ユウタが帰ってくるまでの間に、どうやって説明するか話し合おう」

　男は言うと、私から見て右側の椅子に腰掛けた。