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「へぇ……瀬川先生、いつの間にそんなことをねぇ。俺や早川さんが知らないうちに、もう婚約までしていたという訳ですか? んん?」
「あっ、いや、それは……」
ニヤニヤしながら肘でこっちの肩を突いてくる同期に弱みを握られたオレは、苦しい言い逃れしか出来ないでいた。
そんな中でもカンファレンスを前に女性陣の盛り上がりは続いていた。早くカンファレンスが始まって欲しいと思うときに限って、なかなか時計の針が進まない。
「しかもダイヤモンドが埋め込まれているとか、めっちゃ高級な指輪じゃないですか! その彼氏に、めっちゃ愛されているんですね、桐ヶ谷さんは!」
「そっ、そうかな? 大内さんはそう思う?」
「はい、それはもちろん!」
後輩から持ち上げられてまんざらでもないといった様子なのか、結衣の頬が次第に緩みだしていた。いつもは断固として職場ではデレデレした様子を見せないというのに、今日は意外にも素直な様子が感じ取れた。まるで、近くにオレがいるのを理解していないみたいに。
そんな2人を、早川さんはいつもの穏やかな微笑みを浮かべて見守っていた。一瞬だけ視線があったが、早川さんは意味不明なウインクをするだけだった。
「良かった……周りにもそう言ってもらえるなら、ちょっとは自信になるかな」
「何言っているんですか? そんな高級な指輪を誕生日にプレゼントしてくれるなんて、相手はめっちゃ本気か、ただの金持ちかのどちらかですよ! そんな彼氏がいるなんて、羨ましいなぁ……」
「そうかなぁ……エへへ」
後輩に上手く乗せられてしまったのか、結衣たちは和気あいあいと女の子の話をし始めてしまった。それこそ、ついうっかりとオレの名前が出てくるのではないかと思って、こっちは冷や冷やしっぱなしだった。
でも、結衣の嬉しそうに話す横顔を見て、それはそれで良かったのかなと思う。依然と比べると、少しずつ結衣のことが分かってきたような、そんな気がしていた。
「部長のパワハラと不倫騒動の次は、瀬川先生のスキャンダル騒動か……消化器内科は話題性に尽きないな。周りにバレるのも、時間の問題なんじゃないか?」
「……そうかもしれないな」
カンファレンスが始まるまで、オレは肝を冷やし続けることになるのであった。
そんなオレの気持ちなんて他所に、桐ヶ谷は笑顔で彼氏のことを後輩に話し続けていた。
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